つれづれプラモ製作記

自称飛行機モデラー・きららのプラモ製作とプラモの活動記録

零戦52型

完成(タミヤ1/32零戦五二型製作記)

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 零戦52型、かんせーい!! 

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 こんな角度から撮っちゃったりなんかしたら、結構シブいじゃありませんか。

 リベットが白くなってるのは、コンパウンドが入り込んだんだよ(笑
 普通の人は洗うんだろうけど、私はこれもまあ面白いかなと思ってそのままにした。

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 スピナは、いつものクレオスの磨くと輝く金属色(アルミ色)

 アンテナ線の太さはこれくらいがちょうどよいねー。アンテナ線の太いヤツほど興ざめなものはない。

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 捷一号作戦のため、大分飛行場にて錬成中の海軍653航空隊所属機。昭和19年9月。

 大分航空隊所属機ではないけれど、大分で撮影された写真に写ってる機体・・・ということで、少し大分にゆかりがある。なんか機銃が少し下向きすぎる気がするんだけど、違うかなあ。私の取り付け方が悪いのだろう。そうです。タミヤ様は何も悪くない。私がダメなんです・・・というフレーズばかりで正直疲れたな。次はキットのせいにできるやつ作ろうっと。

土台

 今回も簡単な土台を作った。ダイソーの額、枠はプラなのでサフを吹いてからラッカーで塗装しクリヤ吹いた。地面はタミヤのスチレンボード3ミリ厚。ちょびっとオイルの沁みっぽいのをつけてみた。長方形と正方形、どちらがいいか迷ったけど、結局正方形にした。
 コンクリートの色っていうのが迷うね。実はこんなグレーじゃなかったかも。ベージュがかった白かもしれない。古いコンクリートってそんな色のが多いよね。

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 で、こうやって置いてみると、多少はよく見えるじゃありませんか。

 ご覧の通り、左側だけ見てればまぁまぁ。うーむ、やっぱ機銃の角度がちょっと寂しいなあ。

 なぜタミヤの零戦がこんなにうまく作れないのか、謎としか言いようがないが、ご安心ください、貴方が作ればスイスイと美しい零戦が作れますよ。

オタ空ポスター

 週末は大分の展示会。

 去年七月に立ち上げた、大分県の飛行機模型クラブ「大分航空隊」の初の展示会です。慣れていないもので色々と行き届かぬところもあるとは思いますが、そこは一生懸命、気持ちよくなるように頑張りますので、ぜひご自慢の大きなモノを持っておいでください。あ、小さなモノも大歓迎ですよ(むしろ私は72好きですから) それとローターも・・・誰か持ってきてくれないかなあ、って期待してます。

恐怖のマスキングはがし(タミヤ1/32零戦五二型製作記)

ひび割れ

 マスキング剥がすときが快感という方がいるけど、私には恐怖の一瞬以外の何物でもない。そもそもマスキングするときにテキトーにやってるから、うまくできてるはずがない。

 吹き漏れなんか日常茶飯事。リカバリすりゃいい。主翼の上下合わせ目がはがれて合わせ目が出てきてるのは、ヤダなあ。少し瞬間を流しこんでおいたけど。

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 ここもひどいな。

 私は赤い部分をマスキングしてから暗いグリーンを塗装して、赤丸より一回り大きい円を、その上から貼っただけという、いい加減マスキングだった。マスキングそのものは意外とうまくいったので、これがいいのかなと思う。ただ、暗いグリーン(白いフチを消したグリーン塗装)がちゃんと乾いていなかったらしく、ハセガワのマスキングシートに持って行かれた。

 いつかも持って行かれたことがあるなあ。胴体はもう少し粘着力の弱いマスキングシートでやったのでほぼうまくいった。やはり焦ってマスキングしたらダメだなあ。

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 男は黙ってリカバリー。こんなの大したことはない。剥がれたところを筆で塗っていくだけ。ハセガワの熊野筆があればどうってことない。
 あんまりきれいじゃないけど、いかにも戦場で整備兵が塗りたくった、って感じでいいでしょ?(ってことにする)

 とにかくひたすら完成を目指す。なんか明日からも忙しく、天気も悪いしどうなることやら。

執権

 「執権」(細川重男著/講談社学術文庫)

 試験前になるとマンガが読みたくなるとかいうのと同じ、ギリギリモデリングやってると無性に本が読みたくなる。先週から今週にかけて、この本を読んでいた。しかもこれがものすごく面白かった。冬になるとなぜか登山の本や中世について書かれた本を読みたくなる。

 昔からなぜか中世の武士や文化が好きで・・・なぜだかわからないけど。近世の武士じゃなくて武士が初めて歴史に現れた頃のね。

 この本はけっこう面白おかしく書いてくれてるので読みやすいです。
 「政権運営の知識も経験もなかった東国武士たちが作った鎌倉幕府は、王朝以外に手本らしい手本を持たず、試行錯誤を繰り返した。(中略)しかし、義時・時宗をはじめ「こんな時代」に生まれてしまい、それゆえ野蛮で無知だった人々は、それでも今日より良い明日を築こうと、文字通りの悪戦苦闘を続けたのである。」

マスキングシートも難しい(タミヤ1/32零戦五二型製作記)

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 そりゃもう、ゴージャスキットですからキャノピーのマスキングシートが付属しています(あ、シールとキャノピーの向きが逆だ)。

 やったことのある人はわかると思うけど、意外と貼るのは難しい。この大きさなら自分でやってもこの程度にはできそうな気もする。こういうのは、ほんと、やったことがないとわからないもんですよ。

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 敵味方識別隊を吹いてマスキングしたのち、日の丸も吹いた。モデラーの意地として、日の丸は塗装するしかない。まぁ32の場合デカールをきれいに密着させてツライチにするのも逆に難しいと思う。

 なんとなく鮮やかすぎる気もするけどいいのかなあ。デカールなんかも、朱色というかオレンジがかった赤の場合もあるよね。私は黒っぽい赤が好きなんだけど。
 何? ムラになってるのがおかしい? 日の丸がムラになってるのはありえない? そうでしょうね。そうなのかもしれない。でもムラにしちゃう。好きだから。考証よりも、好きかどうかを優先する。

資料2

 この写真は有名だからご存知の人も多いと思うけど、大分海軍航空隊での第653航空隊の整備風景(昭和19年9月)。(「日本海軍航空隊戦場写真集」/大日本絵画)

 日の丸はフチなし、機番は黄色・・・えっ、デカールの機番は白なんですけど。フチなしってのは、フチが全然ないのか、緑色で塗りつぶしたのがわかるのか。写真では塗りつぶしたかどうかまでは見えないけど、まあ模型的には塗りつぶした感じに塗装するほうが面白いよね。・・・って、それマスキング難しいやん!! あーやだやだ。

 しかしなぜこの機体のマーキングが入ってるかというと・・・それはもう、私が大分県在住だからでしょう。こういうことされちゃうと、作らないわけにいかなくなるもんねえ。俊作様ってば、お上手なんだからぁ!!

 九月の大分の日差しはまだまだ強く、ツヤツヤと磨いた機体に日差しがギラギラ照り返して光ってる感じ。私には、零戦ってツヤツヤ光ってるイメージです。
 

忘れられたパーツ(タミヤ1/32零戦五二型製作記)

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 さしものパーツの多い零戦五二型も、ようやく箱の中のパーツが少なくなってきた。

 ふと、不思議なカタチのパーツが目についた。
 これ、何だろう・・・・

 その瞬間の嫌な気分、背中を冷や汗が流れ落ち、さーっと目の前が暗くなる。待てよ、待てよ、こんなパーツ、インストにあったっけ。見覚えないぞ。まさか、大事なパーツ? こんな大きなパーツ接着忘れるか普通?
 狂ったようにインストのページをめくると、ありました。

インスト5

 これだった。
 完全に見落としていたね。全く見た覚えがない。やれやれ。
 補強のためのパーツなのかな? まぁそれなら接着してなくてもいいだろう←そうなのか?
 いずれにせよ、もう胴体と主翼を分離させるのはやりたくない(前回やったあと、胴体の合わせ目が浮き出してきてやり直した)

 先日、胴体と主翼を接着したとき大きなスキマができたけど、あの後何人もの人から
 「すごいネタ、ブチ込んできますね」と言われたが、別にブチ込んでるつもりはない。どっちかというと、ブチ込まれるほうは好きだけど。

Spring has come(タミヤ1/32 零戦五二型製作記)

スプリング

 模型部屋では、ときにマジカルなことが起きる。

 例えば、さっきまで二個並んでいたスプリングがいつのまにか一個になってる!! 私ってマジシャンか!? いや違うよな、どっか飛んでいったんだ・・・机の下を探すけど見つからない。五ミリくらいの一番小さなやつ、主脚の中に仕込むやつ、たぶんこれで主脚が自重で沈み込むってやつなんだろう。けっ、こんなのどうでもいいや。でもこれがちゃんとできてないと男共にバカにされるだろうな・・・

 仕方ないので模型屋に部品請求を頼みに出かける。

 模型屋「ふーんスプリングですか・・・あ、もしかしたら二個絡まってるってことあるかも」
 きらら「でもこんな小さな五ミリくらいのヤツなんだよ」
 模型屋「そうですか、じゃあ違うかな・・・えーと二個頼まなくていいっすか? へへへ」
 きらら「一個でいいですっ!!」

 家に帰って、スプリングを触ってみると・・・ああっ!! なんとひとつと思ったものが二つに分かれる・・・私ってマジシャンか!? いや違うよな、ピッタリ絡まってたんだ・・・汗

 模型屋に電話してキャンセルしてもらった。申し訳ない。ほんと正月早々、アホなネタには事欠かないねぇ我ながら。少々凹んだけど、バネはぴったり絡まってまるで一個のように見えることもある、ということを学習した。
 

新年2

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 初列車(今年初めて走った列車という意味ではなく私が今年初めて出会った列車という意味)。

 ユ〇クロの初売りにでも行くか、と自転車で出かける途中、チンチンチン・・・と遮断機が下りてきて、「おおっ何が来たかな」と見たら「ゆふいんの森」だった。
 こりゃ縁起がいい。

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 さて、初詣二日目は近くの月隈神社へ。小高い丘(月隈山標高110メートル)の上にあり、我らが豆田町を見下ろす。同時にここは永山城の城址でもある。2016年の熊本地震で石垣が崩れ、三年がかりで修復していたのがようやく上まで登れるようになった。

 無人だけど、おみくじが置いてあった。こういう無人の神社の管理って誰がやっているのだろう。もしかして地域の人? 大変だよね。

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 二年前には修復中の石垣の見学会があり、拙ブログでも紹介した。修復中の石垣というのは石垣ファンにとっては垂涎の的であり、まさに天祐であった。天災で崩れることは悲しいんだけれど、逆に発掘調査が行われることにもなり、文化財にとっては良いこともある。

 本丸入口。右側の石垣はこの城でいちばん立派な部分。この上には天守があったという説もあるらしい。私は櫓じゃないかと思うけどね。左側にも石垣があったのでは・・・と思うけど、わからない。調査に来ていた人に聞いたら、ほとんど調査研究はされていないらしい。残念である。

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 本丸の石垣。手前には土と落ち葉がうずたかく積もっているのがおわかりだろうか。

 ここを掘ってみたい!! と激しく思う。掘ればきっと石垣の全容がわかるに違いない・・・。
 日隈城もそうだけど、日田の城は河原の石を使ってるんだろうね、カドの取れた丸い石が多い。それもまた地域性というか面白いね。

 歩いていると時間を忘れる。参拝客は本当にチラホラ、貸し切り状態だった。なんという贅沢。

排気管

 タミヤの零戦五二型もどんどん進んでいる。

 排気管には穴が開いていました(汗・・・申し訳ございませんタミヤ様、失礼をいたしました(汗。
 排気管の取り付けも、私のような粗忽者でもちゃんとできるように、きちんと設計されている。

 タミヤ様「インストの通りに作っていればよい、お前のような者が勝手にいじくってはいかん。インストは読めるな?」
 きらら「はっ。私のような者でもインストは読めますでございます」

 あーっ、もう私ってばタミヤ様の奴隷・・・我慢ならんわーこういうの。

エンジン2(タミヤ1/32零戦五二型製作記)

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 エンジンに減速器をとりつけた。実物はここにサカエと書いてある(鋳物だからモールドされているというべきか) 

 プラグコードが細すぎて失敗。今から付け直す元気はないのでもうやらないけど・・・写真見るとけっこう太いワイヤだよね。色も黒のほうがいいのかな。
 まだこれに排気管をつけていかないと。今年中に終わるか!? 

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 2019年最後のお間抜け画像であります~。

 動力パイプの陰になる部分だった・・・もっと早く気づけよ>自分
 脚の下のほうにも部隊マークを塗装することにした。やれやれ。ついでにタッチアップなどもした。触ってるうちにどんどん汚れてくる。

 車体番号もそれらしいデカールを探して貼ろうっと。まだ今夜は完成しないな。模型って最終コーナーを曲がってからが長い。

 実は一昨日と昨日は通夜と葬式に行っていた。ほぼ二か月の間に二度も火葬場に行くとは・・・。骨の焼けた、あの独特の匂いは嫌なもんだね。戦場ってこんな匂いがするのだろうかと思う。 
 今回は火葬している間に精進落としの弁当を食べたんだけど、こんなとこで弁当なんか食えるか!!と思ってたけど、意外と「アラこの弁当美味しいわね」なんて言って食べてる自分が恐かった。食べてる間もひっきりなしに「〇〇家のご遺族の皆様、準備ができましたので集骨室においでください」なんていうアナウンスが流れる。

 まぁ詳しくは書きませんが、揉め事もあったりして、いやはや葬式ってのは故人も参列者も本性を抉り出されるね。いつもいつも感じるのは、趣味があって良かった、自分はそこそこ幸せな家庭で育ったんだな、人生笑いが大切、というようなこと。

 辛いとき悲しいとき、雨の日も風の日も、リカバリのときも、笑いで乗り越えていきたいね。来年もまた阿呆な製作記を書きますのでおつきあいください。
 そして読者の方々とともに、またひとつ年を取って人生の深い深いところを探索していければと思う。さ、そろそろ蕎麦の準備か。そのあとは除夜の鐘を聞きながら排気管を接着だ。すげーな私。
 

エンジン(タミヤ1/32零戦五二型製作記)

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 タミヤ1/32零戦 栄21型エンジン。

 黒い枠みたいのがふたつついていて、これらは胴体に固定するための枠だったと思う。
 手前の銀色のが混合気給気管(キャブレターのことかな?)で、72や48ではここまで再現されていない(最近の48は再現されてるのかな?)、ファインモールドのゼロとかはここまで再現されててうれしかったものです。眺めてるとうれしいね。

 あとは排気管を取り付けていけばいいんだけど、一個一個別々の排気管(単排気管)だから合計11個のパーツを取り付ける。うへー。とにかくこのキットはすべてがこういう大仕事なんだよ(大汗

 ウソだと思ったら、自分で作ってみ!! 押し入れの中に三個くらい入ってるでしょうが!! 

モノアイ

 グフはモノアイと言って、目玉みたいのが一個ついている。キットではシールで準備されていて、実際アニメを見てもシールで再現すればいいだろうという雰囲気でもあるけど、そこはもう少し輝きがほしいので、百均のキラキラしたデコレーションシールを買ってきて取り付けた。ほんとは、少し上のほうが欠けたように見えるはずなんだけどね。ガンダム好きな方から見たら「こんなの違う」って感じでしょうけど。
 全体をスミ入れ中。が、なんか思ったようにはいかなくてガックリ。ガンプラを「いかにも本物のイスラエル軍みたいに塗装する」なんてのはまだ私には10年早いな。

 ・・・・と、何気なく「10年早い」っていつも書いてるけど、そんなに模型人生残ってるのか!? 昨日は絶好の大掃除日和で、模型部屋の掃除と在庫の見直しも再度やってみた。恐らく今後もう作れないキットをより分ける。
 一昨年、母の亡くなったときもそうだったけど、今回も父が亡くなったあとはなぜか心の整理ができて、部屋を模様替えしたりモノの処分をしたりできる。洋服にしても通販で安いものを三着買うより、デパートでじっくり選んで良質なものを一着買うようにしてみたり。
 ひとつ心掛りになることがなくなったから(そういう言い方もひどいけど)、前進できるんだよね。そう考えると人生って何が良くて何が悪いか簡単に言い切れない気がする。


下手なプラグコード(タミヤ1/32零戦五二型製作記)

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 おきまりの、プラグコード接着。これでもう何度目かなあ。
 考えてみると、48でも72でも同じことやってるんだよね。かといって、32だと楽ということもない。なんでだろう。本来なら開けねばならない部分は小さすぎて開けられないので、違う場所に穴を開けている。私にはこんな小さな部分に開けるのは無理。

 ディテールアップというのは、写真の修正に似てるかもしれない。少しブレた写真は修整すると綺麗になる。でも最初から綺麗な写真は手の入れようがない・・・。
 などと、いらぬ理屈をこねないで、さっさと作れ>自分

 最初、一本だけでいいやと思ってたけど、結局二本にした。穴を倍開けないといけないのが面倒で・・・

 おまけに、ちょっと手元が来るってピンバイスを指に刺してしまった。いててて←出血

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 座席の後ろの、ヒモみたいなやつ・・・作るのを忘れていたので、慌てて伸ばしランナーで作った。白いランナーはガンプラのもの。色んな色のランナーを取っておくと役に立つよね。

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 グフの部隊マークは、やっぱなんか変な場所だったかな。 

 などと模型をいじっていると、「火の~よう~じん~(カチカチ)」という声が聞こえてくる。毎年12月25日の晩から大晦日まで、地元の壮年団のお兄様方が町内を回っているんです。うちのそばも一晩に二度くらい通る。この声が聞こえると、あぁ~今年もあと少しだなあと思う。

 模型屋に今年最後のシンナーを買いに行った。「合わせ目消しのないキットなどプラモではないッ!!」と主張したら「ガンプラは最近は塗装しない人のほうが多いっすよ」と言う。驚愕である。確かに最近のはよくできたブロックみたいな感じだもんね。「組み立てて、つや消しクリア吹いて終わりっていう人が多い」らしい。同じような話は聞いたことあるけど、単なる都市伝説かと思ってた(汗

 色も塗らない人から、超絶ディテールアップの人まで、ガンプラモデラーと一口に言っても本当にさまざまなんだなあ。うらやましい。

とにかく作れ(タミヤ1/32零戦52型製作記)

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 プラモなんてすごく簡単だ。とにかく作れば完成する。先が見えるんだから。

 胴体の接着が下手なためにスキマや段差が生じたけれども、神ヤスのおかげでそれも難なく平滑にし、エンジン架を接着、組み立てた水平尾翼を取り付けた。

 水平尾翼はラダーが動くようになっている。そのため、エッチングパーツを使って工作するところが少し注意を要する。気を付けて接着するだけですけどね。どうも瞬間接着剤が苦手だけど、これくらいで泣きごとは言ってられない。まだまだ金属パーツは残ってる。

本13

 昨日は父の四十九日で別府のお寺に行ってきた。妹と、父の口癖など思い出話に花が咲いた。

 数日前に、ペシャワール会の中村哲医師が襲撃されて亡くなったというニュースがあり、私は一人ろうそくを灯して故人を偲びお酒を飲んだ。
 個人的にもちろん知っているわけではないが、20代の頃、ペシャワール会で中村医師に続いて現地に入った石松義弘医師(大分市へつぎ病院の医師)の帰国報告会で間接的に話を聞いたことがある。
 この本も以前ご紹介したことがあるよね。なんていうかキリストみたいな人です・・・「道で倒れている人がいたら手を差し伸べる、それは普通のことです」・・・同じ九州人として、ものすごく誇りに思っていた人。この本もおすすめ。

 天寿をまっとうできる父みたいな幸せな人間もいれば、凶弾に倒れる人もいる。父の死んだときには涙は出なかったけれども、中村哲さんの死には涙が止まらなかった。

 自分に何ができるか、常に考えていたいと思う。どんなにちっぽけでも、どんなに些細なことでも、自分にできることが必ずあると思うから。



 
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