つれづれプラモ製作記

自称飛行機モデラー・きららのプラモ製作とプラモの活動記録

実機・実物

かえらざる橋を渡る

若戸大橋

 父の部屋(老人ホーム)を片付けに行った。片付けと言っても残しておきたいものを選り分ける作業。

 父はまだ生きているんだけど、もう病院から老人ホームに戻ることはないと思われるので、契約解除することにした(そのままにしておくと家賃だけがかかる)

 老人ホームなんて言葉、自分の両親には関係ないと思っていた。何となく、いつまでもいつまでも元気で、ある日急に亡くなるんじゃないかと、そう思っていた。でも実際のシナリオは全然違っていた。

 人生は、まわりで起きることに自分が合わせていかなくちゃならないことが多いと、ようやくこの歳になって知る。

 父の部屋のものはほとんど処分するつもりだけれど、いざとなると、処分するということはもうじき亡くなるということが前提だよね・・・そう思うと複雑な気持ちになる。
 死んだときにお棺の中に入れてあげる服を選ぶ。こんな作業、誰もしたくないですよ。長女や長男になんかなるもんじゃないね。一時間近くかけて、父の持ち物をゆっくりと見ていくと体がずっしりと疲れていた。
 箪笥の引き出しのいちばん奥から、愛用のハーモニカが出てきたときは、思わずどきりとした。

 酔っぱらっていい気持ちになったときなど、たまに父はハーモニカを吹いてくれた。
 たいてい軍歌だった。物悲しいそのメロディーが父の青春時代を象徴しているのだろうと子供心に思っていた。ハーモニカはうちにもって帰ることにしよう。それとも父に見せようか。昔を思い出すかもしれない。

 父の部屋に置いてあった写真を一枚持って帰った。若戸大橋の上で私を抱いている父。こうしてみるとモノクロの写真っていいですね。こういう思い出の写真に色はいらないね。
 1963年頃だと思う、私が二歳になる前のようだから。父は34歳。今調べてみたら若戸大橋は私と同じ1962年に完成している。できたばかりの橋を渡りに行ってみたのだろう(当時、北九州市戸畑区に住んでいた) 

 なんか今日は泣きそうになっているので、プラモの話はまた明日。

本日の鉄橋(久大線鉄橋復旧現場)

鉄橋26

 昨日、久しぶりに写真を撮りにいってみた、久大線花月川鉄橋復旧工事現場(昨年の豪雨で流れた鉄橋を架け替えている)。
 日差しは暑いけれど、風はまだ涼しい。7月14日の再開まで二か月を切った。

 ついこないだまで向かって右側の水際では重機やトラックが走り回っていたんだけど、そのへんも埋め戻されて、川幅が広がったように見える。
 両側では、依然として護岸工事が続いている。

 架橋を撤去してしまい、クレーンがいなくなってしまったのでものすごく寂しい。
 あ、ハセガワはなんで日立建機さんの重機を作ってるかというと、コマツさんには断られたそうです(コマツさんは某ラジコン関係メーカーとうまくいかなかったことがあり、再婚はもうイヤなんですって)。で、日立建機さんとはうまく話がまとまったとのこと。静岡でそんな話も聞いたなー。あと作業員セットの第二段も期待できそうです。

鉄橋27

 線路には、新しい砂利が敷かれていた。この場所から列車の通る音が絶えて久しい。

68

 久々に模型部屋に座ってみた。
 静岡から帰ってきたのが先週の月曜の夕方、やれやれとパソコンを立ち上げて静岡の写真を見たりしているところに、父の施設から電話・・・悪い予感。
 「先週末から熱が出ていまして、訪問診療の先生に見ていただいたら肺炎らしいということです、明日先生の紹介で〇〇病院に入院することになりました」

 やっぱり悪い予感的中。というわけで、静岡の楽しい余韻もどこへやら。先週からまた別府に往復することになりました。
 だけど、静岡には辛くも行ってこれたわけで、そこは父に感謝しなくちゃ。あと数日ずれていたら、今年も静岡欠席になるところだった。

 ところでこれは作りかけの72ハリアー(架空塗装)を引っ張り出して再開したところ。なんかテキトーな機番を貼ろう。あとは武装てんこ盛りで完成するつもり。

1

 静岡で買ってきたSWEETの1/144零戦21型、大分航空隊。

 もう二度と144は作らないって宣言してたのに(汗 だってメガネかけても何も見えないんだもん。

 それによく見たら、白いところがあちこちあって、面倒くさい塗装じゃないですか!!(杉田社長は、「こんな面白い塗装があったんだよねぇ~」ってうれしそうだった、嗚呼)。でも大分航空隊所属機だもんねえ、大分県人が作らんとねぇー。

 もちろん合わせ目も消さずにそのまま作ります。

静岡ホビーショウ一週間前の焦り

鉄橋23

 どう? 我ながらいい感じの写真が撮れたと思うんだけど。カッチョいいよね(花月川鉄橋復旧現場)
 ほかにどこも行ってないもんだから、ここの写真ばかりですみません。これは昨日(5/4)。
 吊り上げてる棒は10メートルくらいあるかな。巨大な玉掛け。

鉄橋24

 おおっ!! 川を渡ってるっ!! 結構スピードも速いっ!!

 キャタピラ自体は戦車と同じに違いない。でもきっとタイガー戦車とかはもっとゆっくりなんだろうな、重いから。

鉄橋25

 おおっ!! H2Oと書いてあるっ!! 水を撒いてるっ!!
 なんでも珍しくて興奮してしまう私。

 こちらは私の後ろ側、川上で行われている護岸工事に向かうトラックが行き来する場所(土砂を運んでいる)、砂埃が上がるからだろうか? 水を撒いている。
 クローラークレーン「お前のココから出てるのは、水じゃなさそうだな・・・フフ」
 きらら「いやっ、そんなとこ、恥ずかしい・・・・」

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 気を取り直して、うちに帰って天山(フジミ1/72)の機番を描いた。写真撮るとあまりにもひどい現実に凹む。難しい。
 デカールがないので、もう描くことにしたんだけど、難しすぎる。これは確か香取基地所属の機体。

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 一日おいて、修正したけど、大してよくなってないな。実は右舷はさらにひどい(汗。静岡から帰ってきて、落ち着いてもう一度やり直すか・・・。

 実は数日前から静岡の合同展に関するさまざまなメールのやりとりやこまごました準備に追われているんです。
 パソコンを新しくしたときに名刺作るソフトがどっかいっちゃって、仕方無いのでネットからダウンロードしてようやく一時間半くらいかけて名刺作り直して印刷終わって、やれやれと引き出し開けたら、名刺がたくさん入っていたという・・・モデラーあるある(←違うやろ あぁ疲れた。

 ようするに、早めにやっときゃいいものを、今頃やるから慌てるんだよね。
 SNSなんか見たら、岩国フレンドシップデーに行ってる人やら、家族と旅行やら、皆さんリア充生活を満喫してらっしゃるようで、ほんと憎たらしい。見てると癪に障るのであまり見ないようにしてる←おい!! 

 などと、毒づいていますが、今年の「なんちゃってJMCブース」をよろしくお願いします。静岡でお会いしましょう。今年は初めてお会いする人が7人くらいいるので楽しみです。
 ただ、去年一度お休みしてるし、今年は三日間歩いて足が痛くならないだろうかとか、人混みで頭痛がしないだろうかとか、夜眠れるだろうかとか(一昨年は夜あまり眠れなかった)。不安でしょうがない。目の下にクマ作ってる顔はあまり見られたくないけど、仕方ない。ともかく三日間、生き延びられるように祈っててください。

今日も風が(花月川鉄橋復旧工事現場だより)

鉄橋20

 朝から重機の音が聞こえるので(風向きにもよるけど、だいたい音が聞こえる距離)、GWも仕事かなと思って昼前に見に行った(去年の九州北部豪雨で流された、久大線花月川鉄橋の復旧工事。7/14の開通に向けて、いよいよ大詰め)

 今度こそ、決定的瞬間を見逃さないぞ!! という思いもむなしく・・・ああっ!! もう線路が・・・(鉄橋が流されて、柵の手前で線路が途切れていた)
 ショックのあまり茫然としながらも写真を撮っていると、通りがかった爺様が私のほうをじっと見て「もうあと少しでしょうねえ」と声をかけてきた。そして「写真撮ってるんですか」と聞かれたので、「はい、ずっと撮ってます」と答えると「そりゃいいことだね」と褒められた。

 しかし、途切れていたレールがついに繋がったのは、本当にうれしい。今夜は祝杯だな←またかよ!!

鉄橋22

 すると、大きなクレーンが動き出し、なんかいやらしい動きを始めた。
 地中深く突き刺さった棒・・・いや杭を抜くらしい。
 杭で支えられた、クレーンが乗っている部分は仮の橋で、この上に重機や資材を置いて工事をしていた。完成した鉄橋は画面右側の黒いモノ。

鉄橋21

 クローラークレーン「お前も棒を突き刺してほしいんだな? ええ?」
 きらら「い、いやっ恥ずかしい・・・」 
 クローラークレーン「ちゃんと言わないと入れてやらないぞ、フフ」

 ああーん、じっと見ていたら、また体の中が熱くなってきちゃったんです・・・。

 それはともかく、今日はものすごい風が吹いていて、体感温度が低かった。この橋のところで写真を撮る日はなぜか寒い日が多い。たぶん風が吹くと外に行きたくなるのが私の習性なのだろう。

さくらんぼ

 後ろ髪をひかれる思いで工事現場を後にし、自転車で買い物へ行く途中、若葉の美しい桜並木を走り抜ける・・・あっ、さくらんぼだ!!

 桜をめでる人は多いが、さくらんぼを見る人は果たしてこの日本にも何人いるか。
 他人の知らない美しさを見ることの喜び。

ホンダジェット
 ようやくホンダジェット(エブロ1/48)を買ってきた。
 ここにもGWに働いている人がいた(模型屋)。しかし、普段は閑古鳥の鳴いてる店内も(失礼)、今日は観光客が次から次に入ってきたりして、忙しいのだった。商売の邪魔してすまぬ←しゃべくってた奴

 ご存知のとおり、青と赤の成型色のプラが入っていて、主翼前縁やエンジン前縁用にはメッキパーツが入っている。きっと塗装せずに組み立てる人のためでしょう。

 まったくGWなんて無用の長物だね。昔から一度もうれしいと思ったことはない。小さい連休がいくつもあるほうがいい。たとえば6月に連休を一個作ってほしい。

Xデー(久大本線花月川鉄橋復旧工事だより)

鉄橋19

 そして本日。夕方5時40分頃、私が駆けつけたときには何もかも終わった後だった(汗

 申し訳ありません、決定的瞬間を見逃しました。
 やっぱり、ダメだね・・・私。さすがに今日は落ち込んだ。こんなに悔しかったのは生まれて初めてかもしれない。何とか二枚写真撮って、へなへなとその場に座り込んでしまいそうだった。
 そうだよねえ、先週の状態考えたら、今日がXデーでしょう。明日は雨だというし。

 ほんとバカな私。今日は休みだったので、買い物したり家事をしたりする合間にダイソーに行って土台の材料買ってきて、いい気になって作っていたのだ。で、珍しく夕方フェイスブックを見たら(普段、フェイスブックは朝に一度だけ見ることにしている)、誰かが「鉄橋の橋桁かかりました」と写真をアップしているではないか!? 三時間前、とか書いてある。嗚呼!! 
 慌ててカメラをひっつかみ、自転車に飛び乗って現場に急行するが、すでに何もかも終わって、工事関係者も帰ったあと・・・。ああ、この数か月は一体何だったのだろう。

 ご期待に沿えずすみません。え? 誰も期待してないって? まっ確かにそうか・・・

ビール3
 あまりのショックに愕然としたが、とりあえず祝杯←そこはきちんとやる

 久大線復旧もあと少し。五月の静岡ホビーショーには間に合わないけど、まあJR九州も頑張ってくれてるから、良しとしよう←上から目線

 今年は大雨が降りませんように。

7


 こっち(マクロス VF-25Fメサイア 1/72ハセガワ)もどんどん進んでます。全体にツヤ黒を吹いたところ。
 尾翼にライトがついてるので、切り欠いて、瞬間接着剤を盛って一晩おいたら、瞬間接着剤が蒸発?してなくなっていた(汗 瞬間接着剤でライト作るのってどうやるんだろう。もしかして硬化剤を使うのかな。
 今夜もう一度トライしよう。あと、翼端灯も作らねば。このへんは手抜きできない。

 この可変翼なんだけど、胴体組んでから差し込むようになっている。ほんとに大丈夫なのかなあ・・・とドキドキした。カチっとはまったときにはホッとした。でも、左右一緒に動かさないとすぐに取れます(汗


花月川鉄橋復旧現場だより

鉄橋14
 昨日(4/20)の、久大本線花月川工事現場(昨年の九州北部豪雨で流された鉄橋復旧工事)。

 おおおっ!! ついに巨大なクレーンが橋桁を吊り上げる準備をしているのか・・・。Xデーはいつなのだろう。

鉄橋15
 同じクレーンを別の角度から。

 なかなかカッチョいいね。

鉄橋16

 こちらは、先日から「のり面」の工事をしている。これが終わらないと橋桁は載せられないのかな。ショベルカーにはハイブリッドと書いてあるということは、ガソリンと電気と両方使うということでしょうか。こういう大きなものも電気で動くのか!?

 昨日は(今日も)ものすごく暑く、写真撮ったのは午後二時過ぎでしたが、橋の上に立っているとじりじりと焼けるように熱かった。それでも風はまだ涼しく、夏に比べたらずっと楽ですが・・・夏が思いやられるなあ。

鉄橋17
 橋の上の見物人。たぶん近所の住人のおじさん達。「いやぁ、楽しみですねぇ」などとのんびり話している。
 まったくヒマな連中ですね・・・って、私がいちばんヒマか(汗

 働いてる人たちを眺めているのも申し訳ない気がして、慌ててうちに帰ってマクロスの続きを作った←それかい!!

鉄橋18
 面白い重機。

 上に一人乗って運転している。かなり激しく揺れながら川を渡っている。

 あとここに自衛隊も参加してると面白いのになあ←おい!!

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 VF-25Fメサイアの続き。
 川崎重工なら、やっぱ銃身は長くないと(意味不明、少し長くした。真鍮パイプ。

 え? 先端が少し曲がってる? いやぁ~気のせいでしょう(汗
 キットは銃身が五個ついてるんだけど、うまく穴を開けられず、三本になってしまった。ま、そのへんは柔軟に対応する(汗

橋桁が姿を現す(閑話休題)

鉄橋11

 4/7の鉄橋工事現場(久大本線花月川・去年の九州北部豪雨で流された鉄橋の復旧工事)。この日は、寒の戻りでものすごく寒かった。でも寒いとなぜか鉄橋が気になって、じっとしていられない、変なヤツ。

 おおおっ、数日見ないうちに橋桁らしいものがスタンバイしてるっ!!(仮橋の上の黒っぽい物体)
 あれを橋脚の上に乗せるんだな、きっと。
 載せる瞬間を見てみたいけど・・・

鉄橋12
 今日は、ショベルカーで玉掛けしていた。いろんなものを使って玉掛けするんだね!!

 見てると、ショベルカーの運転してる人と、下で作業する三人がピタリと息が合ってるんだよね、さすが。あちこち動かしてみて、このやり方でいいか確認している様子。
 しかし毎度、他人の仕事してるのを勝手に写真撮ったりして、申し訳ないなあ・・・

鉄橋13
 風を防ぐ壁みたいなのが立っていて、そこの間から写真撮った。
 橋桁と思われる物体の内側。こんなふうになっている。

 もう少し上から撮れるとよかったんだけど。

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 ハセガワ新版は、D-9とのコンボだったので、三年前に作ったD-9と並べて写真撮ろうと思い引っ張り出してみると・・・。あれっ、昔のほうが上手く作ってるやん!! ショック。

 アンテナ類とかちゃんと針金で作ってるじゃないですか私。
 昔の自分に負けるわけにはいかん、というわけで慌ててアンテナ類を作っているところ。
 あ、部品請求のキャノピーは昨日届いたので、塗装中。

 明日には出来上がる予定だけど、大丈夫かなあ。

全線復旧!!

鉄橋8
 本日朝刊(大分合同新聞)。
 久大線全線復旧の文字が目に飛び込んできた。7/14を信じていいんですね!?
 去年は7月6日でしたっけ、大雨が降ったのは。今年は降らないことを祈るのみ。

 というわけで、現場を見に行ってみよう。

鉄橋9

 新聞に写真が載ってたけど、一応自分の目で見ないとね。

 新聞の解説によると、これまでの五本の橋脚を二本にして、流れを阻害する割合を1/3にした。またレールはロングレールと言われるものになるとのこと(騒音低減のため)。
 確かになーたったこれだけの橋脚で大丈夫だとはねえ。今までのやつを覚えているから、これはかなり間があいてる気がする。

鉄橋10

 で、工事やってるのと反対の上流側では最近こんな工事が進行中。
 黒田の軍勢に備えるための陣地作り・・・かと思ったよ。川幅を狭くしたら余計水が激しく流れそうな気がするんだけど、大丈夫なのだろうか。一体なにをしているのか私にはさっぱりわかりません。

中の島公園

 ここをご覧の方々も花見はしたかもしれませんが、私も今年は地元のクラブに返り咲いたおかげで。10年ぶりかなあ。

 もちろん花見は先週末で、今日はもう誰もいない。でもこういう寂しさが私は好き。あえてにぎやかな当日は写真撮っていない。
 外で飲むビールは最高に美味しかった。そして、風が吹くたびに舞い散る桜。

 悔しいけれど、私のいない8年の間に新しいメンバーも増えて、ますます良いクラブになっていた。もちろんバーベキューを指揮するのは、“シェフ”ヤナピー軍曹、それを支えるのは二等兵、途中で肉が足りなくなると、オートバイ部隊の若い者が即座に唐揚げを買い出しに行くなど、連携が見事なのであった。ほんと私は「タダ乗り野郎」で申し訳ない気分。これからは真面目にクラブのために働かねば、とは思ってみたが、ビールを飲んでいるとすべてはもうどうでもいいような気がしてくるのだった。
 Yさん「男からみるとね、女の人ってのはもうだいたい全部、イイ♪わけです。でも男に対しては厳しいけどね(笑」
 私「あ、私もそうですよ、女にはメチャ点が辛いけどね、男の人はまあだいたいイイですよ・・・」
 Yさん「えっ、それちょっと女の人が言うと問題ありませんか!?(汗・笑」
 私「うーん、そういえばそうかー・・・まぁでもそうじゃないとこういう趣味できませんよ、たはは」

日隈城2

 今回は、久々に会ったKさんの案内で、日隈城(亀山公園)も見てきた。花見をしていた公園のすぐ近くなので。
 もちろんKさんはクラブのモデラーで、城については素人ではありますが、自分で資料を集めたり現地で観察したりして、独自の推論をたてていました。推論が正しいかどうか、もちろん私にはわからないけれど、日隈城はいまだ考古学的な調査は行われたことがないようなので、誰も本当のことは知らないと言ってよいのではないかと思う。
 自分の調べたことをもとに推論を立て、あれこれ考えてみる。スケールモデル製作にもちょっと通じるね。

日隈城1

 城というのは要塞であるから、最初は山のてっぺんに築かれたり、その後も海や川のそばなどに築かれることが多かった。自然の要害ってやつである。さらに、ここは敷地の中に大きな岩が多く、崖みたいになっている部分も多い。地形をうまく利用した城に見える。築城するには立地条件がかなり大事だったのではなかろうか、それを見抜く力がすごいよねと、Kさんと話した。

 さて、先日から石垣の写真ばかりですみません。というか、土木工事マニアか!? しかしあと少し辛抱して、中央をよくご覧ください。
 石が手前から奥にまっすぐに並んでいるでしょ? 手前はかなり土に埋もれているけれど、奥に行くにしたがって・・・ほら、見えてきませんか。これは石垣だったのではないか!! 落ち葉と土がものすごく堆積しているけど。
 私の知識では、これが築城したときの石垣かどうかもわかりませんが、なんとなくそうなんじゃないかなって感じがして・・・そう考えるだけでもわくわくする。

 こんなふうにあちこち探してみると、埋もれた石垣があちこちにみられるの!! 最近何度も来ては探し回ってたりして。掘り返してみたらきっと石垣が姿を現すんだろうなあ・・・掘ってみたいなあ!!

藪椿2

 藪椿。

 野山を歩くと、こんな椿に出会ったことはありませんか。一重で小ぶりの花がじつに清楚で、いいでしょ。古来よりお茶人が好む花です。

 写真撮っていたら、散歩のじい様が「何の写真を撮っているのか」と聞いてきた。「椿の写真撮ってるんです」と答えると(さすがに石垣の写真とは言えなかった) 「椿ね・・・もうすぐすると、ヘビが出てくるよ。で、冬が近くなると皮を脱ぐから皮が木の枝に引っかかってるよ」と説明してくれた。
 げげーっ、ヘビっ!? これからの季節は気をつけなくちゃ。石垣にはヘビに棲んでると思って間違いないよね。じい様に感謝して山を下りた。

 そういえば、「亀山(きざん)」の名前のもとになった昔話・・・その昔、この近くの寺に参詣する見慣れぬ老爺がいたが、実は亀の化身であったと・・・あのじい様もそうだったのかもしれない。

城春にしてサクラ咲く(府内城)

城3

 お城に桜。

 本日、野暮用にて帰省するついでに大分市の府内城に立ち寄った。

 写真中央に見えるのが、江戸時代の現存する建築物の人質櫓(と言っても一度火事で焼失し幕末の再建)。全国でも現存する人質櫓はこれだけだそうです。現在外壁の修復?か調査?か何かやってるようで足場が組まれている。

 ちなみに、こちら側は府内城の裏側になるんだけど、私はこのへんからの眺めがいちばん気に入っている。

城1

 廊下橋から人質櫓を望む。

 堀というのは、もちろん当時は軍事的な意味合いで作ったものだけれど、今となってはこんな大がかりな建造物は、作ろうたってなかなか作れないだろう。ありがたいことである。

城2

 廊下橋を外側から見ると、こんな感じ。

 廊下橋は平成に入って復元再建された。橋のこちら側には神社がたっているけれど、当時は月見をしたり能などを催したりと、殿様の趣味的空間だったらしい。いやー贅沢ですね。
 逆にいえば、ソメイヨシノは江戸時代にはまだなかったと思う。植えていたとしてもヤマザクラか・・・。殿はどんな花見をしていたのだろう。

 府内城のはどうだか知らないけれど、廊下橋って、いざというときには切って落として敵が渡れないようにするものもあるとか。

城4
 石垣は、正直言ってそんなに素晴らしい感じがしない。熊本城とか見て目が肥えたせいか。

 野面積みといって、石を切らずにそのまま積んでいる(角にあたる部分だけはきれいに整形した石で組んである)。こないだ見た日田の月隈城のほうがセンス良かったなあ。

 でも観察してると、こんなモノが石垣から突き出してたりして。いや~ん。
 雨どいというか、雨水を逃がすためなんでしょうね。うふん。

城5

 平日ではあるけど、けっこうたくさんの人々が花見をしていた。
 こちらはストイックに石垣の写真なんか撮ってるのに、善男善女の方々は楽しそうに弁当なんか食べている。あーなんか他人の弁当を見ていたらお腹が減ってきた。

 府内城は残念ながら天守閣が失われたまま再建(復元)されておらず、石垣の見栄えも(私にとっては)イマイチで、あまりパッとしない印象。それでも貴重な文化遺産であり市民の憩いの場であります。

 国破れてプラモあり、城春にしてサクラ咲く。

 その昔、米軍の焼夷弾はこの城の周りの市街地を火の海にし、櫓も焼けたという・・・そんな歴史を思うと、眠たくなるようなこの平和がありがたい。

赤レンガ館2

 最近リニューアルされた「赤レンガ館」に行ってみた。城からは歩いて10分もかからないくらい。

 ここは1913年(大正2年)、当時二十三銀行本店として建てられたそうです。東京駅などの設計をした辰野金吾氏による設計で、文化財にも指定されてます。現在は大分銀行になっている。
 なんだか入口のアーチが遊び心というか、洒落てるね。私は読んでないけど「海賊と呼ばれた男」にもこの建物の出てくるシーンがあるそうです。

赤レンガ館1
 中には大分県産品を扱うお洒落なショップとカフェが入っている。

 こんなふうに、もともとの柱を生かして、内装をリニューアルしている。柱の存在感がハンパない。
 しゃれたパッケージで県産品を生かした美味しいものや木工品などが売られている。私は佐伯の紅茶を買ってみました。

 大分銀行の取引先的なおじさんも多数来店していた。中には銀翼会の毛利さんに似たオジサマもいて、おもわず二度見してしまいましたよ。しかし、彼らは美女(注:私のことね)には目もくれず、すぐに帰ってしまうのだった。
 コーヒーでもご一緒しませんか、とか言うような男はおらんかねぇ。ああ~大分県の男って、つまらんわ。

ラテアート
 じゃーん、人生初ラテアート体験(汗 ・・・ってどんだけ流行ものに乗り遅れてるんかい!! 周回遅れどころの騒ぎではないですな。 
 で、口をつけたらすぐにこの「絵」が崩れてしまうんだろうとタカをくくっていたら、最後まで崩れないんだね!! これは驚き←へんなところで感動するヤツ

 この大きなサンドイッチですが、パンがフワフワなのでうれしかった。最近カタイものを噛むのが苦手・・・って、どんだけ歯が弱いんかい!! すごく美味しかったよ。

 去年のスタバもそうだったけど、店員の感じのいいお兄さんが「カプチーノがオススメですよ」と言ってくれたもんだから「あ、それにしてください」とすぐに陥落する私。あーあ、若い娘に弱いオッサンと全く同じで情けない。

 でも、最近は「おすすめ」を教えてくれる店が多いのは助かるね。こういう若い人の行くような店に行くと、何頼んでいいかわかんないんだもん←おい!! 酒の銘柄なら迷わないんだけどね。あ、やっぱオッサンと同じか。

史跡永山城跡 災害復旧工事現場説明会

1

 大分県日田市豆田町の模型屋・アカシ文具店を出てほんの数分歩いて花月川にかかる橋を渡ると、昔の代官所のあったとかいう場所の近くを過ぎ、日田林工高校(昔は甲子園にけっこう出場しているので覚えている方もあるでしょう)のそばの白い壁と堀のある場所に出る。観光客向けの駐車場にもなっている。
 ここが、月隈(つきくま)城こと史跡永山城址である(この白壁はいつ頃作られたかは知らない)。
 1601年に、小川光氏という大名が築いた城で、その後1639年に代官が着任し廃城となったと思われる。しかし、幕府(代官所)が管理していたため、荒廃するということはなかったのが幸いだった。

 ただ、天守閣をはじめ、建築物はいつのまにか失われ、現在では石垣を残すのみ。

2
 ふもとは月隈公園という憩いの場になっており、城は小さな丘の上にある。

 石垣は一昨年の熊本地震で崩落。近所の人は崩れる音を聞いたとか。恐ろしかっただろうなあ。

9
 例の鉄橋復旧現場からも徒歩15分くらいかな。全部私の生活圏であります。
 ただ、ここ一年以上復旧工事のため月隈城の上までは登れない状態になってたんだよね。それがもうすぐ工事が完了するというので、今日「災害復旧工事現場説明会」が行われると聞き、石垣マニアとしてはわくわくしてやってきたわけです。災害転じて福となす。めったに見られないモノを見られるんだから。

8
 さて、こんな説明板も用意されていて、集まった市民は60人くらいいたかな。一日二回開催される予定で、私は午前の部に行った。説明板の後ろの青い屋根は日田林工の剣道場。
 工事は、日田の田中建設株式会社が施工、株式会社埋蔵文化財サポートシステム大分支店が施工管理。もちろん大分県からの補助金で実施している。

 受付で全員にヘルメットが配られ、A3用紙の裏表に印刷された資料を受けとる。(今回の私の文章の多くはこの資料から引用させてもらってます。あくまで私の理解で書いているので、勘違い等もあるかもしれないと思います、きちんと知りたい方は、別の資料をご自分で調べてください。)

2
 文化財課の方から永山城の説明などを受け、一同ぞろぞろと登りはじめる。写真上のほうに足場が組まれているのが現場の石垣。遠くからも見えるんだけど、これまではずっとブルーシートがかかってる状態だった。

 重機を登らせるために石段が埋められているので、足元は少々歩きにくい。天気がよかったのが幸い。
 下に見える穴は、古墳時代の横穴墓。大戦中は防空壕としても使われ、また昭和の時代は近所の子供たちの遊び場にもなっていた(模型屋のアカシさん証言)。

4
 登るのは10分もかからないくらいの小さな丘で、下から見えた足場の組まれた石垣のところに到着。石垣のすぐそばが崖になってるけど、ここの崖にも半分埋まった石垣が見える。
 担当の人によると、ここは9万年前の阿蘇の大噴火のときの凝灰岩の崖だそうで・・・・

 えええ~っ、阿蘇が爆発してここまで溶岩が流れてきたっちゅうことかい!? 信じられんわー。
 すごいですね、阿蘇山。スケールが違う。変なところで感動する私。

 で、この崖は切り立っているらしいんだけど、恐らく古墳時代の人が削ってそこにあの横穴を彫ったのではないかというんですよ。古墳時代の人も、なかなかやるのう。

3

 ここが大手石垣と言われている部分で、大手門がこの左側にあったといわれている。左側部分の土の中にも石垣が埋まっているらしく・・・できればそれらもすべて発掘して復元してほしいものだ、と妄想が広がる。

 左隅の石などは明らかに割ってまっすぐに整形した石だけど、あとは川原石をそのまま使ったものも多く、それが特徴なのだという。もちろん、すぐ近くの花月川の石だろうね。地産地消。
 野面積みというんだと思う。味わいあるでしょ?

 この石垣の上に櫓があったのではないだろうか、という雰囲気するよね。しかし、今回発掘調査したけど、残念ながら建物の遺構は出てこなかったそうです。

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 というのも、この石垣、400年間に数回にわたって崩れて積みなおした跡があるそうで、当然櫓なんかも倒壊したでしょう・・・日本は地震多いんだなあ。

 大手石垣の上に登ったところ。これが今回の白眉で、こういう場所を見られることは普通ないんです。やったー!! って感じ。わくわくする。
 城の石垣って、表側から見える大きな石の裏に、小さい石をこんなふうに詰めるんだけど、これを裏込め石といいます。一昨年、熊本城の石垣が崩壊しているのを見学したけど、そのときも裏込め石が中から出てきているのが見えた。

 で、もともと入ってた石は丸い石でしかもけっこう乱雑に入っていて、間に土が詰まっていたそうな。そうすると水が通らなくなって石垣が崩壊しやすくなるそうです。だから今回は、こんなふうに石と石がかみ合うような形状のものを使い、また、丸い比較的大きな石(もともと裏込め石だったものの中から大きなものを選んだそう)を間に少し並べているのがおわかりでしょうか。これらは唐津城や福岡城などのやり方を参考にしているそうです。石は手を使って丁寧に詰め込まれています。こういうふうに違う大きさの石を並べることで地震などの衝撃を和らげるらしい。

6
 こんなふうに、人間の手作業で細かく詰め込まれている。
 しかしこれで絶対に崩れないとは言い切れないそうで(計算することが難しいとのこと)、とにかく最善の策をとっているそうです。
 ちなみに、線路にも石を置いてあるのは、やはり衝撃を吸収するためだそうです。へぇ~すごいぞ、石!!

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 担当の人が説明してくれているところ。説明はとてもわかりやすく、上手だった。
 こちらの石垣は大手石垣ではなく、天守台(天守閣が建てられている場所)だったといわれている石垣。

 石に番号が書いてあるのは崩れた石と、その隣の石で、それらは一度取り除いて出来得る限り元通りに積みなおしたんだそうです。元あったとおりに復元するというのが基本なんだろうね。一昨年の飛燕の復元もそうだった。今回も、昔の工法で、なるべく昔のやり方で復元している。
 でもなー、昔の工法ってすごいよねぇ!! コンピューターとか機械とか何もなかったのに、どうやってそんな優れた工法を発見できたんだろう。
 石の間に小さな石を詰めているのももちろん強度のためです。

 実はこの永山城が史跡に指定されたのは、なんと一昨年の2月、熊本地震の二か月前なのである。ギリギリセーフ!?で指定され、これもまた不幸中の幸い。史跡だから今回の復元費用の予算が大分県から出たのではないかしら。
 私も含めて、何人かの熱心なオジサン共が担当者を質問攻めにしながら、ふもとに降りた。
 名残惜しかったけれど、担当者に御礼を言ってその場をあとにした。

 石垣ロマンに浸った、興味深い素晴らしい見学会だった。
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