つれづれプラモ製作記

自称飛行機モデラー・きららのプラモ製作とプラモの活動記録

実機・実物

わたしの城下町、その2

大分1

 昨日、大分県立美術館の「海と宙の未来展」という企画展を見にいくため、大分の商店街を通って歩いていく途中・・・

 府内城(想像図のCG)を描いた垂れ幕?のようなもののそばでイベントが行われている様子。

 なんだろうと近づいてみると、グッドタイミング、「大分城址公園の未来予想図」について大分市都市計画部まちなみ企画課の人がまさに説明を始めたところ。(以下の写真はスマホで撮影。あまりうまく撮れていないのですみません)

大分4

 これ幸いと折り畳み椅子に座ると、係の人がさっと大分市の封筒に入った資料をくれた。

 お城好きにはこの資料だけでも儲けもの。各時代の絵図のコピーなど(大分市のHPにも資料は掲載されているらしいけど、やはり紙の資料はありがたい)
 大分市の中心地に位置する府内城は石垣や天守台といくつかの櫓が残っているが、一応公園とはいうものの、決して史跡として整備されているとはいいがたい。はっきり言うと、「放置」状態に見える。

 市民に対するアンケート結果がこの資料の中に書いてあったけど、なんと「府内城に訪れたことがない」という人が50%。天守も復元されていないということもあり、普通の人には「どうだっていい場所」なのだろう。私も実は「花見をする場所」くらいにしか思っていなかった。

 今後、十数年かけて、公園として整備していくという計画が書いてあった。
 うれしいことである。いつかは、資料が出てきて、それに沿って天守が復元されたら・・・と期待に胸が膨らむ。また小さくていいから資料館のようなものもできてほしい。

大分3

 で、小一時間ほど話を聞いていたら少し疲れてしまった。

 頭の中が城モードになってしまい、肝心の美術館にたどり着いたときには脳内の切り替えが困難になってしまった。プラネタリウムもあるので、改めて来ることにしよう(11/25まで開催)。連休なので人が多いのも私には疲れる理由。

 ということで、一階ロビーに展示されているものをざっと見た。
 お目当ては1/2の「しんかい」。

大分2
 HIIロケットの心臓部、LE-7
 1990年代の国産ロケットHIIの国産エンジン。手を伸ばせば届くところにある。感動。
 まさかこんなものが展示されるとは知らなかった。これ本当に本物なんですよね!?

 宇宙開発事業団(NASDA)が航空宇宙技術研究所(NAL)、三菱重工業、石川島播磨重工業と共に開発したH-IIロケットの第1段用液体ロケットエンジン・・・(ウィキペディアより)

 この一番大事な情報が説明板に書いてなくて、思わず怒りで頭がくらくらした。
 誰が作ったか、書かんかいコラ!!

 ほんとにもう。腹が立ったので、コーヒーでも飲んで心を落ち着けることにした。美術館で飲むコーヒーはおいしい。

 最近、歳のせいか、展示の方法や説明の書き方にまでツッコミいれたくなる。まったく年を取るって嫌なもんだね。だけどさあ、展示するならきちんと書くべきですよ。ほんと・・・作った人に対するリスペクトの気持ち、偉そうに言ってるけど私も模型を作るようになってから初めて知った。
 図面を引いたのは誰なのか、作ったメーカーはどこなのか。そんな視点を与えてくれた模型に今日も感謝。

中津城の石垣を歩く(2018中津マークII展示会レポ番外編)

中津城1

 これまで何度か中津の展示会には来ているが、一度も中津城は訪れていなかった。
 今回はようやく訪れることができてうれしい。しかし歩いてみてわかったんだけど、展示会場から目と鼻の先でした(汗 

 城の南側にあたる、内堀。ここの説明板によると、石垣の両端は直線的だが、真ん中あたりに向かってゆるやかに湾曲して(へこんで)いる。これは「輪どり」という石垣を崩れにくくする方法だという。写真でわずかに感じられるだろうか?

 あ、先日熊本城のことを書いたとき、加藤清正の石垣の耐震構造に問題があったんじゃないかとか、失礼な冗談を書いたけど、日本の石垣はちゃんと地震のことを考えて作られているそうですね。
 昔の人をバカにしちゃいけない。最近、いくつか本を読んでみてわかりました。

中津城2

 このようにお城の石垣は必ず直角に折れ曲がっている場所がある。
 これは横矢掛けといって、二方向から攻撃するための構造。

中津城

 こちらは、上の写真の石垣を内側から見たところ。

 赤矢印の部分に向かい合わせの階段があり、これを雁木といい、兵士が二方向に駆け上がることができる(そして素早く戦闘態勢をとれる)
 こういうことをちょっと知るだけで城を見るのがすごく面白くなるでしょ?

中津城3

 北側にまわる。実は天守については実在したという歴史的史料がないので、想像で作られた模擬天守と言われるものが建っている。それはそれでいいんじゃないかと私は思う。

 足がくたびれてきたので、周りを歩くことに専念した。天守には上がらなかった。石垣が見れればそれでいい。

 それにしても、この落ち着く気分は一体なんだろう。空気が違うんだよね、城の敷地に入ったとたん・・・。ほっとする。なーんか、忠興公から「よく来たね」と歓迎されてる気がする。

中津城4

 一番見たかった石垣。
 天守下の部分なんだけど、ご覧の通りはっきりと継ぎ目がわかる。向かって右側が黒田官兵衛、左側が細川忠興、二人の石垣がくっついているという、面白い眺めである。
 先に作ったのは黒田で、1587年に築城を開始、この石垣は黒田が落とした別の城から持ってきた石で作ったという(石を割るのは大変な労力なので、リユースをしたのだろう)

 その後、転封した黒田にかわり、1600年関ケ原の戦いの軍功により細川忠興がここに移り、築城の続きをした。去年の一月、大分県日出町の暘谷城を見学した記事を覚えている方もいると思うけど、忠興公が暘谷城の縄張り(設計)をしたのはその頃のことです。妹婿の城なんだよね。鷹狩と称して何度も暘谷城の工事の進み具合を見に行ったと言われてますが、実は忠興公ってば鷹狩は嫌いだったとか本には書いてある。なんじゃそれ。見え透いた口実ってやつか。

中津城6
 
 その後忠興公はいったん小倉に移り(1602年)、その後1621年に再び10年くらい中津城で過ごす。城下町の整備などをしたそうです。戦国の世から太平の世へ。その移り変わりの時代でしょうか。

 中津城の敷地は直角三角形みたいな形をしています。

中津城5

 南西側にあった、水門跡という場所の石。巨大な石を使ってる場所は大事な場所だという。

 水門っていうから、川の水をここから堀に入れていたのではなかろうか。
 写真でわかりにくいかもしれませんが、ゴジラの歯形みたいのが中央の巨大な石のカドについている。これが矢穴といって、いくつも楔を打ち込んだ跡。楔を叩いていくと石が割れるというわけ。だからこの石は元々さらに巨大だったというわけです。

中津城7

 もうひとつ、巨大な石に感動。

 こちらは内堀を出て、少し東方向に歩くと、小学校があるのですが、その塀の一部として保存されている、大手門の跡(門そのものは失われている)
 ここも城で大事な場所、大手門ということで、巨大な石が使われている(見る人に権力を見せつけるためだという)。右側の石の高さは、私の背丈(155センチ)よりも少し大きかった。

 最後にこの石垣を見ることができて、今回の石垣ツアーは大満足なものになった。
 石垣うんちく、楽しいっしょ? ぜひ貴方も楽しい石垣の世界へ!!

 というわけで、不思議と忠興公ゆかりの場所が続いています。歴史に詳しい人はご存知だと思うけど、忠興公は、めっちゃ気が短いキレッキレの男で、しかも茶人としての側面も持つ、なんかオモシロイ人←すっかり気に入ってる 

かえらざる橋を渡る

若戸大橋

 父の部屋(老人ホーム)を片付けに行った。片付けと言っても残しておきたいものを選り分ける作業。

 父はまだ生きているんだけど、もう病院から老人ホームに戻ることはないと思われるので、契約解除することにした(そのままにしておくと家賃だけがかかる)

 老人ホームなんて言葉、自分の両親には関係ないと思っていた。何となく、いつまでもいつまでも元気で、ある日急に亡くなるんじゃないかと、そう思っていた。でも実際のシナリオは全然違っていた。

 人生は、まわりで起きることに自分が合わせていかなくちゃならないことが多いと、ようやくこの歳になって知る。

 父の部屋のものはほとんど処分するつもりだけれど、いざとなると、処分するということはもうじき亡くなるということが前提だよね・・・そう思うと複雑な気持ちになる。
 死んだときにお棺の中に入れてあげる服を選ぶ。こんな作業、誰もしたくないですよ。長女や長男になんかなるもんじゃないね。一時間近くかけて、父の持ち物をゆっくりと見ていくと体がずっしりと疲れていた。
 箪笥の引き出しのいちばん奥から、愛用のハーモニカが出てきたときは、思わずどきりとした。

 酔っぱらっていい気持ちになったときなど、たまに父はハーモニカを吹いてくれた。
 たいてい軍歌だった。物悲しいそのメロディーが父の青春時代を象徴しているのだろうと子供心に思っていた。ハーモニカはうちにもって帰ることにしよう。それとも父に見せようか。昔を思い出すかもしれない。

 父の部屋に置いてあった写真を一枚持って帰った。若戸大橋の上で私を抱いている父。こうしてみるとモノクロの写真っていいですね。こういう思い出の写真に色はいらないね。
 1963年頃だと思う、私が二歳になる前のようだから。父は34歳。今調べてみたら若戸大橋は私と同じ1962年に完成している。できたばかりの橋を渡りに行ってみたのだろう(当時、北九州市戸畑区に住んでいた) 

 なんか今日は泣きそうになっているので、プラモの話はまた明日。

本日の鉄橋(久大線鉄橋復旧現場)

鉄橋26

 昨日、久しぶりに写真を撮りにいってみた、久大線花月川鉄橋復旧工事現場(昨年の豪雨で流れた鉄橋を架け替えている)。
 日差しは暑いけれど、風はまだ涼しい。7月14日の再開まで二か月を切った。

 ついこないだまで向かって右側の水際では重機やトラックが走り回っていたんだけど、そのへんも埋め戻されて、川幅が広がったように見える。
 両側では、依然として護岸工事が続いている。

 架橋を撤去してしまい、クレーンがいなくなってしまったのでものすごく寂しい。
 あ、ハセガワはなんで日立建機さんの重機を作ってるかというと、コマツさんには断られたそうです(コマツさんは某ラジコン関係メーカーとうまくいかなかったことがあり、再婚はもうイヤなんですって)。で、日立建機さんとはうまく話がまとまったとのこと。静岡でそんな話も聞いたなー。あと作業員セットの第二段も期待できそうです。

鉄橋27

 線路には、新しい砂利が敷かれていた。この場所から列車の通る音が絶えて久しい。

68

 久々に模型部屋に座ってみた。
 静岡から帰ってきたのが先週の月曜の夕方、やれやれとパソコンを立ち上げて静岡の写真を見たりしているところに、父の施設から電話・・・悪い予感。
 「先週末から熱が出ていまして、訪問診療の先生に見ていただいたら肺炎らしいということです、明日先生の紹介で〇〇病院に入院することになりました」

 やっぱり悪い予感的中。というわけで、静岡の楽しい余韻もどこへやら。先週からまた別府に往復することになりました。
 だけど、静岡には辛くも行ってこれたわけで、そこは父に感謝しなくちゃ。あと数日ずれていたら、今年も静岡欠席になるところだった。

 ところでこれは作りかけの72ハリアー(架空塗装)を引っ張り出して再開したところ。なんかテキトーな機番を貼ろう。あとは武装てんこ盛りで完成するつもり。

1

 静岡で買ってきたSWEETの1/144零戦21型、大分航空隊。

 もう二度と144は作らないって宣言してたのに(汗 だってメガネかけても何も見えないんだもん。

 それによく見たら、白いところがあちこちあって、面倒くさい塗装じゃないですか!!(杉田社長は、「こんな面白い塗装があったんだよねぇ~」ってうれしそうだった、嗚呼)。でも大分航空隊所属機だもんねえ、大分県人が作らんとねぇー。

 もちろん合わせ目も消さずにそのまま作ります。

静岡ホビーショウ一週間前の焦り

鉄橋23

 どう? 我ながらいい感じの写真が撮れたと思うんだけど。カッチョいいよね(花月川鉄橋復旧現場)
 ほかにどこも行ってないもんだから、ここの写真ばかりですみません。これは昨日(5/4)。
 吊り上げてる棒は10メートルくらいあるかな。巨大な玉掛け。

鉄橋24

 おおっ!! 川を渡ってるっ!! 結構スピードも速いっ!!

 キャタピラ自体は戦車と同じに違いない。でもきっとタイガー戦車とかはもっとゆっくりなんだろうな、重いから。

鉄橋25

 おおっ!! H2Oと書いてあるっ!! 水を撒いてるっ!!
 なんでも珍しくて興奮してしまう私。

 こちらは私の後ろ側、川上で行われている護岸工事に向かうトラックが行き来する場所(土砂を運んでいる)、砂埃が上がるからだろうか? 水を撒いている。
 クローラークレーン「お前のココから出てるのは、水じゃなさそうだな・・・フフ」
 きらら「いやっ、そんなとこ、恥ずかしい・・・・」

30

 気を取り直して、うちに帰って天山(フジミ1/72)の機番を描いた。写真撮るとあまりにもひどい現実に凹む。難しい。
 デカールがないので、もう描くことにしたんだけど、難しすぎる。これは確か香取基地所属の機体。

31

 一日おいて、修正したけど、大してよくなってないな。実は右舷はさらにひどい(汗。静岡から帰ってきて、落ち着いてもう一度やり直すか・・・。

 実は数日前から静岡の合同展に関するさまざまなメールのやりとりやこまごました準備に追われているんです。
 パソコンを新しくしたときに名刺作るソフトがどっかいっちゃって、仕方無いのでネットからダウンロードしてようやく一時間半くらいかけて名刺作り直して印刷終わって、やれやれと引き出し開けたら、名刺がたくさん入っていたという・・・モデラーあるある(←違うやろ あぁ疲れた。

 ようするに、早めにやっときゃいいものを、今頃やるから慌てるんだよね。
 SNSなんか見たら、岩国フレンドシップデーに行ってる人やら、家族と旅行やら、皆さんリア充生活を満喫してらっしゃるようで、ほんと憎たらしい。見てると癪に障るのであまり見ないようにしてる←おい!! 

 などと、毒づいていますが、今年の「なんちゃってJMCブース」をよろしくお願いします。静岡でお会いしましょう。今年は初めてお会いする人が7人くらいいるので楽しみです。
 ただ、去年一度お休みしてるし、今年は三日間歩いて足が痛くならないだろうかとか、人混みで頭痛がしないだろうかとか、夜眠れるだろうかとか(一昨年は夜あまり眠れなかった)。不安でしょうがない。目の下にクマ作ってる顔はあまり見られたくないけど、仕方ない。ともかく三日間、生き延びられるように祈っててください。

今日も風が(花月川鉄橋復旧工事現場だより)

鉄橋20

 朝から重機の音が聞こえるので(風向きにもよるけど、だいたい音が聞こえる距離)、GWも仕事かなと思って昼前に見に行った(去年の九州北部豪雨で流された、久大線花月川鉄橋の復旧工事。7/14の開通に向けて、いよいよ大詰め)

 今度こそ、決定的瞬間を見逃さないぞ!! という思いもむなしく・・・ああっ!! もう線路が・・・(鉄橋が流されて、柵の手前で線路が途切れていた)
 ショックのあまり茫然としながらも写真を撮っていると、通りがかった爺様が私のほうをじっと見て「もうあと少しでしょうねえ」と声をかけてきた。そして「写真撮ってるんですか」と聞かれたので、「はい、ずっと撮ってます」と答えると「そりゃいいことだね」と褒められた。

 しかし、途切れていたレールがついに繋がったのは、本当にうれしい。今夜は祝杯だな←またかよ!!

鉄橋22

 すると、大きなクレーンが動き出し、なんかいやらしい動きを始めた。
 地中深く突き刺さった棒・・・いや杭を抜くらしい。
 杭で支えられた、クレーンが乗っている部分は仮の橋で、この上に重機や資材を置いて工事をしていた。完成した鉄橋は画面右側の黒いモノ。

鉄橋21

 クローラークレーン「お前も棒を突き刺してほしいんだな? ええ?」
 きらら「い、いやっ恥ずかしい・・・」 
 クローラークレーン「ちゃんと言わないと入れてやらないぞ、フフ」

 ああーん、じっと見ていたら、また体の中が熱くなってきちゃったんです・・・。

 それはともかく、今日はものすごい風が吹いていて、体感温度が低かった。この橋のところで写真を撮る日はなぜか寒い日が多い。たぶん風が吹くと外に行きたくなるのが私の習性なのだろう。

さくらんぼ

 後ろ髪をひかれる思いで工事現場を後にし、自転車で買い物へ行く途中、若葉の美しい桜並木を走り抜ける・・・あっ、さくらんぼだ!!

 桜をめでる人は多いが、さくらんぼを見る人は果たしてこの日本にも何人いるか。
 他人の知らない美しさを見ることの喜び。

ホンダジェット
 ようやくホンダジェット(エブロ1/48)を買ってきた。
 ここにもGWに働いている人がいた(模型屋)。しかし、普段は閑古鳥の鳴いてる店内も(失礼)、今日は観光客が次から次に入ってきたりして、忙しいのだった。商売の邪魔してすまぬ←しゃべくってた奴

 ご存知のとおり、青と赤の成型色のプラが入っていて、主翼前縁やエンジン前縁用にはメッキパーツが入っている。きっと塗装せずに組み立てる人のためでしょう。

 まったくGWなんて無用の長物だね。昔から一度もうれしいと思ったことはない。小さい連休がいくつもあるほうがいい。たとえば6月に連休を一個作ってほしい。

Xデー(久大本線花月川鉄橋復旧工事だより)

鉄橋19

 そして本日。夕方5時40分頃、私が駆けつけたときには何もかも終わった後だった(汗

 申し訳ありません、決定的瞬間を見逃しました。
 やっぱり、ダメだね・・・私。さすがに今日は落ち込んだ。こんなに悔しかったのは生まれて初めてかもしれない。何とか二枚写真撮って、へなへなとその場に座り込んでしまいそうだった。
 そうだよねえ、先週の状態考えたら、今日がXデーでしょう。明日は雨だというし。

 ほんとバカな私。今日は休みだったので、買い物したり家事をしたりする合間にダイソーに行って土台の材料買ってきて、いい気になって作っていたのだ。で、珍しく夕方フェイスブックを見たら(普段、フェイスブックは朝に一度だけ見ることにしている)、誰かが「鉄橋の橋桁かかりました」と写真をアップしているではないか!? 三時間前、とか書いてある。嗚呼!! 
 慌ててカメラをひっつかみ、自転車に飛び乗って現場に急行するが、すでに何もかも終わって、工事関係者も帰ったあと・・・。ああ、この数か月は一体何だったのだろう。

 ご期待に沿えずすみません。え? 誰も期待してないって? まっ確かにそうか・・・

ビール3
 あまりのショックに愕然としたが、とりあえず祝杯←そこはきちんとやる

 久大線復旧もあと少し。五月の静岡ホビーショーには間に合わないけど、まあJR九州も頑張ってくれてるから、良しとしよう←上から目線

 今年は大雨が降りませんように。

7


 こっち(マクロス VF-25Fメサイア 1/72ハセガワ)もどんどん進んでます。全体にツヤ黒を吹いたところ。
 尾翼にライトがついてるので、切り欠いて、瞬間接着剤を盛って一晩おいたら、瞬間接着剤が蒸発?してなくなっていた(汗 瞬間接着剤でライト作るのってどうやるんだろう。もしかして硬化剤を使うのかな。
 今夜もう一度トライしよう。あと、翼端灯も作らねば。このへんは手抜きできない。

 この可変翼なんだけど、胴体組んでから差し込むようになっている。ほんとに大丈夫なのかなあ・・・とドキドキした。カチっとはまったときにはホッとした。でも、左右一緒に動かさないとすぐに取れます(汗


花月川鉄橋復旧現場だより

鉄橋14
 昨日(4/20)の、久大本線花月川工事現場(昨年の九州北部豪雨で流された鉄橋復旧工事)。

 おおおっ!! ついに巨大なクレーンが橋桁を吊り上げる準備をしているのか・・・。Xデーはいつなのだろう。

鉄橋15
 同じクレーンを別の角度から。

 なかなかカッチョいいね。

鉄橋16

 こちらは、先日から「のり面」の工事をしている。これが終わらないと橋桁は載せられないのかな。ショベルカーにはハイブリッドと書いてあるということは、ガソリンと電気と両方使うということでしょうか。こういう大きなものも電気で動くのか!?

 昨日は(今日も)ものすごく暑く、写真撮ったのは午後二時過ぎでしたが、橋の上に立っているとじりじりと焼けるように熱かった。それでも風はまだ涼しく、夏に比べたらずっと楽ですが・・・夏が思いやられるなあ。

鉄橋17
 橋の上の見物人。たぶん近所の住人のおじさん達。「いやぁ、楽しみですねぇ」などとのんびり話している。
 まったくヒマな連中ですね・・・って、私がいちばんヒマか(汗

 働いてる人たちを眺めているのも申し訳ない気がして、慌ててうちに帰ってマクロスの続きを作った←それかい!!

鉄橋18
 面白い重機。

 上に一人乗って運転している。かなり激しく揺れながら川を渡っている。

 あとここに自衛隊も参加してると面白いのになあ←おい!!

6


 VF-25Fメサイアの続き。
 川崎重工なら、やっぱ銃身は長くないと(意味不明、少し長くした。真鍮パイプ。

 え? 先端が少し曲がってる? いやぁ~気のせいでしょう(汗
 キットは銃身が五個ついてるんだけど、うまく穴を開けられず、三本になってしまった。ま、そのへんは柔軟に対応する(汗

橋桁が姿を現す(閑話休題)

鉄橋11

 4/7の鉄橋工事現場(久大本線花月川・去年の九州北部豪雨で流された鉄橋の復旧工事)。この日は、寒の戻りでものすごく寒かった。でも寒いとなぜか鉄橋が気になって、じっとしていられない、変なヤツ。

 おおおっ、数日見ないうちに橋桁らしいものがスタンバイしてるっ!!(仮橋の上の黒っぽい物体)
 あれを橋脚の上に乗せるんだな、きっと。
 載せる瞬間を見てみたいけど・・・

鉄橋12
 今日は、ショベルカーで玉掛けしていた。いろんなものを使って玉掛けするんだね!!

 見てると、ショベルカーの運転してる人と、下で作業する三人がピタリと息が合ってるんだよね、さすが。あちこち動かしてみて、このやり方でいいか確認している様子。
 しかし毎度、他人の仕事してるのを勝手に写真撮ったりして、申し訳ないなあ・・・

鉄橋13
 風を防ぐ壁みたいなのが立っていて、そこの間から写真撮った。
 橋桁と思われる物体の内側。こんなふうになっている。

 もう少し上から撮れるとよかったんだけど。

80


 ハセガワ新版は、D-9とのコンボだったので、三年前に作ったD-9と並べて写真撮ろうと思い引っ張り出してみると・・・。あれっ、昔のほうが上手く作ってるやん!! ショック。

 アンテナ類とかちゃんと針金で作ってるじゃないですか私。
 昔の自分に負けるわけにはいかん、というわけで慌ててアンテナ類を作っているところ。
 あ、部品請求のキャノピーは昨日届いたので、塗装中。

 明日には出来上がる予定だけど、大丈夫かなあ。

全線復旧!!

鉄橋8
 本日朝刊(大分合同新聞)。
 久大線全線復旧の文字が目に飛び込んできた。7/14を信じていいんですね!?
 去年は7月6日でしたっけ、大雨が降ったのは。今年は降らないことを祈るのみ。

 というわけで、現場を見に行ってみよう。

鉄橋9

 新聞に写真が載ってたけど、一応自分の目で見ないとね。

 新聞の解説によると、これまでの五本の橋脚を二本にして、流れを阻害する割合を1/3にした。またレールはロングレールと言われるものになるとのこと(騒音低減のため)。
 確かになーたったこれだけの橋脚で大丈夫だとはねえ。今までのやつを覚えているから、これはかなり間があいてる気がする。

鉄橋10

 で、工事やってるのと反対の上流側では最近こんな工事が進行中。
 黒田の軍勢に備えるための陣地作り・・・かと思ったよ。川幅を狭くしたら余計水が激しく流れそうな気がするんだけど、大丈夫なのだろうか。一体なにをしているのか私にはさっぱりわかりません。

中の島公園

 ここをご覧の方々も花見はしたかもしれませんが、私も今年は地元のクラブに返り咲いたおかげで。10年ぶりかなあ。

 もちろん花見は先週末で、今日はもう誰もいない。でもこういう寂しさが私は好き。あえてにぎやかな当日は写真撮っていない。
 外で飲むビールは最高に美味しかった。そして、風が吹くたびに舞い散る桜。

 悔しいけれど、私のいない8年の間に新しいメンバーも増えて、ますます良いクラブになっていた。もちろんバーベキューを指揮するのは、“シェフ”ヤナピー軍曹、それを支えるのは二等兵、途中で肉が足りなくなると、オートバイ部隊の若い者が即座に唐揚げを買い出しに行くなど、連携が見事なのであった。ほんと私は「タダ乗り野郎」で申し訳ない気分。これからは真面目にクラブのために働かねば、とは思ってみたが、ビールを飲んでいるとすべてはもうどうでもいいような気がしてくるのだった。
 Yさん「男からみるとね、女の人ってのはもうだいたい全部、イイ♪わけです。でも男に対しては厳しいけどね(笑」
 私「あ、私もそうですよ、女にはメチャ点が辛いけどね、男の人はまあだいたいイイですよ・・・」
 Yさん「えっ、それちょっと女の人が言うと問題ありませんか!?(汗・笑」
 私「うーん、そういえばそうかー・・・まぁでもそうじゃないとこういう趣味できませんよ、たはは」

日隈城2

 今回は、久々に会ったKさんの案内で、日隈城(亀山公園)も見てきた。花見をしていた公園のすぐ近くなので。
 もちろんKさんはクラブのモデラーで、城については素人ではありますが、自分で資料を集めたり現地で観察したりして、独自の推論をたてていました。推論が正しいかどうか、もちろん私にはわからないけれど、日隈城はいまだ考古学的な調査は行われたことがないようなので、誰も本当のことは知らないと言ってよいのではないかと思う。
 自分の調べたことをもとに推論を立て、あれこれ考えてみる。スケールモデル製作にもちょっと通じるね。

日隈城1

 城というのは要塞であるから、最初は山のてっぺんに築かれたり、その後も海や川のそばなどに築かれることが多かった。自然の要害ってやつである。さらに、ここは敷地の中に大きな岩が多く、崖みたいになっている部分も多い。地形をうまく利用した城に見える。築城するには立地条件がかなり大事だったのではなかろうか、それを見抜く力がすごいよねと、Kさんと話した。

 さて、先日から石垣の写真ばかりですみません。というか、土木工事マニアか!? しかしあと少し辛抱して、中央をよくご覧ください。
 石が手前から奥にまっすぐに並んでいるでしょ? 手前はかなり土に埋もれているけれど、奥に行くにしたがって・・・ほら、見えてきませんか。これは石垣だったのではないか!! 落ち葉と土がものすごく堆積しているけど。
 私の知識では、これが築城したときの石垣かどうかもわかりませんが、なんとなくそうなんじゃないかなって感じがして・・・そう考えるだけでもわくわくする。

 こんなふうにあちこち探してみると、埋もれた石垣があちこちにみられるの!! 最近何度も来ては探し回ってたりして。掘り返してみたらきっと石垣が姿を現すんだろうなあ・・・掘ってみたいなあ!!

藪椿2

 藪椿。

 野山を歩くと、こんな椿に出会ったことはありませんか。一重で小ぶりの花がじつに清楚で、いいでしょ。古来よりお茶人が好む花です。

 写真撮っていたら、散歩のじい様が「何の写真を撮っているのか」と聞いてきた。「椿の写真撮ってるんです」と答えると(さすがに石垣の写真とは言えなかった) 「椿ね・・・もうすぐすると、ヘビが出てくるよ。で、冬が近くなると皮を脱ぐから皮が木の枝に引っかかってるよ」と説明してくれた。
 げげーっ、ヘビっ!? これからの季節は気をつけなくちゃ。石垣にはヘビに棲んでると思って間違いないよね。じい様に感謝して山を下りた。

 そういえば、「亀山(きざん)」の名前のもとになった昔話・・・その昔、この近くの寺に参詣する見慣れぬ老爺がいたが、実は亀の化身であったと・・・あのじい様もそうだったのかもしれない。
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