つれづれプラモ製作記

自称飛行機モデラー・きららのプラモ製作とプラモの活動記録

実機・実物

新年3

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 今日もウォーキングを兼ねて日隈神社に参詣。日隈城の城跡に建てられた神社である。こちらも閑散として静かなのがいい。誰もいなくて怖くないかって? それが案外怖くない。守られている感じがするから。

 昨日が月隈で今日が日隈(ひのくま)、これは何か関係があるのではと思った方は鋭いですね。日田には三つの隈(丘)があり(もうひとつは星隈)、これらはその昔、日田盆地が湖だったとき地上に現れていた陸地の名残という伝説があります。実際に湖だったのか、濃い霧が発生して湖のように見えたのか・・・。

 ほらね、この鳥居には安政二年と書いてあるでしょ? でもどう見てもこれはコンクリートかな。当時のはすでに倒れて作り直したのでしょうね。

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 夏になると草が茂って見えない石垣が、冬はこんなふうに顔を出す。

 え? 毎日意味不明な石垣写真はやめろって?・・・・すみません。好きなもので。
 とにかく木々がむちゃくちゃに生えているのが邪魔でしょうがない。これらを全部取り除いたら城の全貌がわかるのに。考えただけで、ドキドキしてきませんか? しないかな。私だけか。

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 大手門跡、と言われている場所の石段。なかなか立派です。このすり減り方がじつにいい。幅三メートルくらいかな。
 上がり切ったところがL字に曲がっていて(虎口)、そこに少し石段があり、その上に大手門があったのかな、と想像するだけでわくわくする。いや本当にわくわくしませんか? 私だけか。

 重機のない時代に大きな石を使って建築物を作った昔の人って、ほんとすごいと思いませんか。尊敬に値する。我々の時代に作ったものの何割が400年後に残っているだろう。

裏側

 少し体を動かしたあとは、模型部屋に帰ってきてコーヒーを飲んで模型作り。今日はちょっと頑張ってシフォンケーキも焼いてみた。いまいち、売ってるのみたいにフワフワにならなかったけど、卵の香りがハンパない。

 零戦はついに裏側の塗装に進んだ。ほんっと時間かかるやっちゃ。エンジンもちゃんと装着できることを確かめたよ(ほっ)
 それにしても平和な正月三が日でした。

新年2

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 初列車(今年初めて走った列車という意味ではなく私が今年初めて出会った列車という意味)。

 ユ〇クロの初売りにでも行くか、と自転車で出かける途中、チンチンチン・・・と遮断機が下りてきて、「おおっ何が来たかな」と見たら「ゆふいんの森」だった。
 こりゃ縁起がいい。

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 さて、初詣二日目は近くの月隈神社へ。小高い丘(月隈山標高110メートル)の上にあり、我らが豆田町を見下ろす。同時にここは永山城の城址でもある。2016年の熊本地震で石垣が崩れ、三年がかりで修復していたのがようやく上まで登れるようになった。

 無人だけど、おみくじが置いてあった。こういう無人の神社の管理って誰がやっているのだろう。もしかして地域の人? 大変だよね。

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 二年前には修復中の石垣の見学会があり、拙ブログでも紹介した。修復中の石垣というのは石垣ファンにとっては垂涎の的であり、まさに天祐であった。天災で崩れることは悲しいんだけれど、逆に発掘調査が行われることにもなり、文化財にとっては良いこともある。

 本丸入口。右側の石垣はこの城でいちばん立派な部分。この上には天守があったという説もあるらしい。私は櫓じゃないかと思うけどね。左側にも石垣があったのでは・・・と思うけど、わからない。調査に来ていた人に聞いたら、ほとんど調査研究はされていないらしい。残念である。

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 本丸の石垣。手前には土と落ち葉がうずたかく積もっているのがおわかりだろうか。

 ここを掘ってみたい!! と激しく思う。掘ればきっと石垣の全容がわかるに違いない・・・。
 日隈城もそうだけど、日田の城は河原の石を使ってるんだろうね、カドの取れた丸い石が多い。それもまた地域性というか面白いね。

 歩いていると時間を忘れる。参拝客は本当にチラホラ、貸し切り状態だった。なんという贅沢。

排気管

 タミヤの零戦五二型もどんどん進んでいる。

 排気管には穴が開いていました(汗・・・申し訳ございませんタミヤ様、失礼をいたしました(汗。
 排気管の取り付けも、私のような粗忽者でもちゃんとできるように、きちんと設計されている。

 タミヤ様「インストの通りに作っていればよい、お前のような者が勝手にいじくってはいかん。インストは読めるな?」
 きらら「はっ。私のような者でもインストは読めますでございます」

 あーっ、もう私ってばタミヤ様の奴隷・・・我慢ならんわーこういうの。

新年

1

 2020年の始まり、今年も一人初詣に行ってきた(大原八幡宮)。おみくじを引くのと、お守りを買うのが楽しみ。ここのおみくじは恐いくらいよく当たるんだよね。

 中世に建立された古い神社でここらではいちばん大きなお社である。
 りっぱな門もある。この門の雰囲気が好き。

 抜けるような青空に、空気はちょっと冷たくて歩いていると頬が冷たくなる。冬らしい気持ちよさ。

 日本の建築は木造と言われるけど、石段石垣などもあり、石垣好きとしてはそのへんも楽しみながら初詣。また鳥居には必ず作った年月日が裏側に書いてある、それを見るのも最近の楽しみ。

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 森林浴を兼ねて歩く。
 風が吹くと、梢の葉っぱがザワザワと動くのが気持ちいい。まるで木々が何か話しているよう・・・

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 元旦からもう作ってたりする。終わりそうで終わらない塗装やり直し、タッチアップ地獄。正月から地獄に落ちてるってどういうことよ。

 もうちょい違う色を吹いて、それからドライブラシかな。でもこういうことやってるだけでささやかな幸せを感じる。地獄に落ちて幸せってどういうことよ。
 モデラーの業は深い。

ネリスエアショー土産

西田土産3

 “オナチョ”銀角さんがネリスエアショー土産を送ってきてくれたのでご紹介します。

 サンダーバーズのパンフレット。メンバーなどについて書いてあります、たぶん←英語がよくわかんない人

西田土産4

 ページをめくるとこんなカッチョええ写真が。資料にもなりそうだね。
 強く格好いいアメリカ。

西田土産1

 おおっ、さすがキングサイズ!! 憎い男!!

 「俺のことを思い出しながら、お前のいやらしい上の口にキングサイズのアレを突っ込んでおけ、だが噛みつくなよ、ゆっくりと舐めろ・・・それからTシャツを着るんだ、もちろん下には何も履かずにな。そしてTシャツの裾からゆっくりと指を這わせ(以下省略」というメッセージがどこかに書いてあるんじゃないかと、箱をひっくり返して探しましたが、何も書いてませんでした残念ながら。

 キングサイズという言葉にドキドキしながらいただきましたがコーヒーのおともに美味しいチョコでした。でも中にピーナツバターが入っててかなりストロングな甘さ。米軍らしいっす。

西田土産2

 クールなTシャツ。キリル文字は「礼儀正しい人」と書いてあるそうです。爆笑。
 なんか柔らかな生地で肌触りも良いですわよ。ホホホ。

 今日はさすがにこちらも寒くなってまいりました。Tシャツの下に何もつけないと風邪ひいちゃう!! もうっ、バカっ!!(笑

スカイホークのスラットなど(頂きもの写真)

スラット

 ちょっと話が古くなってしまい申し訳ないんだけど、先日熊本に行ったときにスカイホークのスラットの部分は主翼とツライチですよという話を聞いて私のブログに書きました。

 その話を見て、「ホントそうですね」とご自分の撮った写真を送ってくれたのがsinoneさん。
 アメリカでの展示機らしいです。ネットをググれば簡単に出てくる時代だけど、そこをあえて、こうやってご紹介したい。
 背景に写りこんでる飛行機も多数・・・いいなあ、アメリカ!! 

プローブ

 「きららさんの好きそうなヤツありましたんでサービスしときますよ」と、マッ●イ爺さん顔負けです。気が利いてるねぇ。
 カリ・・・もとい先端のとこなんかメリハリ効いていいカタチしてるわ~。

 それはともかく、爆弾などを吊るした状態で公開してくれてますよね。嬉しいよねぇ~!!

バイパー

 こちらは先週末の横田基地祭。hikinonさん撮影。

 しかしキャノピー開けてくれてないって、サービス精神がないよね。別にもうそんな軍事機密でもあるまいし。スタブウイング端のパイロンも外されていますね。あと、remove before fright が一個もついてないのはなぜなんだろう。汚れ方がハンパないのが格好いい。これを塗装で真似したいもんです。

 こういうのをハセガワが作ってるくれるような日本の模型業界であってほしいんだけど、無理なんだなあ!! なんでかなあ!! ヘリ布教に今後一層努めねばならぬと、改めて思う。

消防車

 同じく横田基地の化学消防車。これはオシュコシュ製ですね。hikinonさん撮影。
 やっぱなんか細部のディテールが格好いいですよ。

 ハセガワのはローゼンバウアー(オーストリア)だけど、ネットで調べるとオシュコシュのも陸自で使用されてるようですね。航空機が離着陸する間、エンジンかけたまま待機するそうです。空港に行ったとき、これからは気を付けて探してみようっと。

宇佐海軍航空隊を訪ねる

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 宇佐市民図書館にて、「人間爆弾「桜花」と神雷部隊の若者たち」という企画展が行われていることを知り、地元のモデラー・九七氏に頼んで連れていってもらった。
 桜花の設計者、三木忠直氏の自筆原稿・設計図なども公開されており(珍しいと思う)、小さいけれど密度の濃い展示だった。入場無料。
 桜花がなぜ計画されたのか、どういう機体だったのか。そして、それを運用した神雷部隊とは。

 神雷部隊の「隊員」ではなく、「若者たち」というタイトルにもこの展示の意図が現れているように思う。遺書や写真などを見ていると、かすかな声だけれど何か過去から語り掛けてくるのが聞こえるような気がした。6月9日まで開催。

 ちなみに、この渡綱ギャラリーというのは、地元の名士・渡辺綱雄氏(宇佐市の農業振興に尽くした)の寄付で作られたもので、図書館自体も人口5万4千人のまちにしては、なかなか立派に感じた。
 https://www.asahi.com/articles/ASM4V51BKM4VTPJB00G.html?iref=pc_rellink ←朝日新聞デジタルの記事

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 さてお次は、宇佐市平和資料館へ。名前は立派だけど、ようするに倉庫みたいな建物で、エアコンがぜんぜん効かなくて暑かった。職員の方々は大変だろうな。ここも入場無料。

 普段ここに置いてある桜花の排気管とか照準ガラスとかは現在図書館の桜花展に行ってます。こちらには、桜花と零戦のレプリカ(“永遠の0”で使用されたもの)がおいてある。よくできていて(巨大なプラモデル的)迫力十分でしょ!!
 九七氏はしきりと「桜花ってこんなに大きかったかな」とつぶやいていたが、6メートルくらいあったらしいから結構大きいよ。あ、桜花のレプリカの写真なくてすみません。

 下に置いてある茶色い枠組みみたいなものは、エンジン架。

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 「永遠の0」撮影で使われたコクピットが置いてある。実はこの資料館、悪い男が何も知らない女性を連れて行って、棒状のモノを握らせるための施設として有名である。

 零戦21型「俺のも握ってくれよ・・・」
 きらら「ふん、レプリカのくせに」
 零戦21型「うぅぅぅぅ(泣」

 このコクピット、静岡ホビーショーのとき置いてあったら盛り上がりそうだよなあ。

パンフ

 いただいたパンフ類。けっこう力はいってるのがわかるでしょ。こういうのも資料としてありがたい。

 写真にはないけど、割と最近できた「宇佐空の郷(さと)」という、戦跡めぐりの拠点施設にも行ってみた。ここは航空隊の正門があった場所。建物の外には門柱のモニュメントがあり、部屋の中には本物の門柱が保存されている。入場無料。

 ここには案内のおじさんが一人配置されていて市に雇われてるってことでした。パンフをもらったり、トイレ休憩できるし、レンタサイクル(有料)を借りたりもできる。家族連れなどには特にありがたいよね。そして、なんとパンフみたら「平和ミュージアム」ができる予定って!! すごい。おじさんの説明によると二年後に完成予定とのこと。九七艦攻のレプリカも置かれる予定。くーっ、やるじゃん宇佐市。

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 お次は、落下傘整備所(と言われている建物)

 実は2007年にも一度ここに来たことがあるんだけど、そのときは草ボウボウだったのが、まわりはコンクリートで固められ、案内板が整備されてる!! 感涙。
 なんか前衛芸術ぽい不思議な建物でしょ。私はこういう古い建物が大好き。レンガをモルタルで固めた頑丈そうな建物だから空襲にも耐えて残ったんだろうね。無数の機銃掃射の跡が残る。

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 ここ、あたしの穴・・・もとい、機銃掃射の穴です。

 実際にこうやって触ると、感動するよ。なんとも言えない気分。

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 さて、最後の目的地、掩体壕へ。

 この道路は、当時の滑走路だった場所に作られている。道路わきにはモニュメントが並んで、今もここから飛んで還らなかった若者たちを悼んでいる。
 はっきり言わせてもらうけど、ここを通って何か感じないようなヤツは飛行機作らんでもいいよ・・・

 田園地帯だったところに航空隊ができたんだけど、現在は再び平和な農村の風景に戻っている。

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 大分県内の人ならテレビでお馴染み、城井(じょうい)一号掩体壕。
 公園みたいに整備されている。実はこのまわりには掩体壕がいくつもあって、それらのうちのほとんどは農家の庭先で農具倉庫や物置として使われている。それもまたほほえましいというか。

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 2007年に初めて見たときはもっと大きく感じたのにな、こんなに小さかったっけ。あれから私は静岡に行くようになり、スケビにコラムの連載が始まり、ハセガワの人たちとお近づきになり、信じられないくらいたくさんの人と模型飛行機に出会った。

 この日は五月とは思えないくらい暑かったけど、掩体壕の中はひんやりして気持ちよかった(奥に小さな穴が開いていて、そこから風が入ってくるのだった)

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 別府湾で引き揚げられた栄エンジン。スピナーの部分、赤い輪みたいになってるのは、スピナの架台みたいなものじゃないでしょうか? この上にスピナーを取り付けるのでは? 違うかな。

 見ていると面白くて見飽きない。できたらコーヒーでも淹れてしばらくここに座っていられたら。

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 さっきの「宇佐空の郷」の案内人が、154名の特攻隊員の名前が刻まれているから見て行ってください、と教えてくれた慰霊碑。掩体壕の近くに立っている。

 慰霊碑の背景、整地された場所の向こうが上の写真にある現在の道路、つまり当時の滑走路。
 そして整地されているところが平和ミュージアム予定地。

 九七氏は「それでもまだこんなに立派な慰霊碑をに名前を刻んでもらえる特攻隊の戦死者は幸せかもしれない。インパールやガダルカナル、輸送船が沈没して・・・どこで死んだかもわからない戦死者たちに比べたら」確かにそうです。私たちにできることは限られている。絶望的に無力。でもだからこそ、せめて模型を作って当時を偲びたい。
 

松江城訪問

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 さて、話は先週の土曜日の朝にさかのぼる。朝九時に私を迎えにきてくれたのは、忙しい主催者でもあるくりさん。
 今日はこれから往復六時間近い運転をしてもらい、念願の松江城を見に行くのだ。

 こちらは、北西からの眺め(乾櫓跡から)、ここからの眺めもなかなか良し。
 天守の入母屋屋根がよくわかる。この巨大な屋根のうえに望楼が乗っているものを望楼型とよび、いわゆる天守と言われるもののいわば“初期型”である。このカタチを初めて作ったのが織田信長なのである。

 城内は散りゆく桜が美しかった。

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 到着したのはすでに昼近く、とりあえず念願の出雲そばをいただき、すっかり満足して、搦手(からめて)虎口(こぐち)から入る。散る桜が美しい。なんともいえずのんびりした、春の午後。右手に堀があって、船頭さんの乗っている小さな舟が周遊していた。

 搦手とは裏口のことで虎口とは曲輪(くるわ。〇の丸とかいうやつね)の入り口のこと。虎口には門があり、たいていは軍事的理由から折れ曲がっている(矢を射かけたりするため)。

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 馬洗池。

 水道のない時代は、水のあるところは大事な場所だっただろう。城内にはもちろん井戸が何か所かあった。

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 歩いていくと、おおっ、天守が見えてきた!! 興奮する。

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 夢にまで見た天守にご対面。城の規模としては、こじんまりしているし、天守の建物もコンパクトではある。しかし・・・黒くてカッチョいい。 

 この黒い板を張っているのは下見板張りと言って、質実剛健な雰囲気がするけど実際白漆喰よりも持ちがよくてコストがかからないそうです。

 天守の前にひとつ櫓がくっついていて、鉄の入り口が開いているのがおわかりだと思う。
 これを付け櫓といって、入口の部分であります。天守の建物は巨大な天守台という石の土台の上に載っているので、一階部分はかなり上、つまり入口入ったところは地下(実際は地上)ということになる。

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 付け櫓入口。あまりの喜びに、石垣にスリスリする私。とにかくうれしい。

 ここから靴を脱いで中に入る。陽気なおじさんが入口に座っていて、観光客に靴を入れる袋を配っていた。写真撮影は自由ですよ、とも。

 中に入ると、井戸があった。籠城のときに備えているのだろう。

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 突き上げ戸。窓はこれだけだから、内部はさぞかし暗かっただろうなあ。
 四角い穴に戸をつけたようなものが三個並んでいるけど、たぶん矢狭間とか鉄砲狭間とかいうものだと思う。

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 突き上げ戸から外を見る。いい感じの眺め。

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 後藤又兵衛所用と伝えられる甲冑。

 後藤又兵衛は豊臣秀頼に仕えた武将で、大阪夏の陣で戦死したが、後藤家の親戚にあたる松江藩士の家にこの甲冑が伝えられたという。
 甲冑にはまったく詳しくないけど、実にシブいですね。戦国時代の甲冑は、恐らく戦場で実際に使われただろうから、汗と血がしみ込んでいるのではないか・・・そう思うと余計にね。

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 内部は、5階建てになっていて、階段はどれも激しく急こう配。当然、敵が楽に上がって来られないようになってるわけだが、観光客も転がり落ちそうで難儀する(おまけに人がたくさん通ってるからつるつるになっている)。

 松江城は現存天守(数年前に国宝に指定)であり、当時のまま(床など摩耗の激しいところは部分的には張りなおしたりしてるところもあるかもしれないが少なくとも柱や梁は当時のまま)で、味気ないコンクリートの復元天守なんかと違って、魂がこもっている感じがして、厳かな気分になる。

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 最上階に登ると、窓のない吹き抜けの望楼であり、宍道湖が見渡せる。いやー絶景哉。

 たまたま数日前にノートルダム寺院で火災が発生したけれど、松江城でも内部に耐震?工事がされているようだった(工事資材が隅に置いてあった) 地震や火災が、今や文化財の最大の敵である。

 国宝に指定されてるおかげで、天守内部には変な張り紙やわけのわからん展示物がないのも城好きにはうれしい(前出の甲冑みたいな本当に大切な展示だけあって、それがまたうれしい)

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 帰りは、逆に大手門に下る。
 途中、二の門跡。木の標識の下にある大きな礎石、これの上に門が建っていたんですね。

 残念ながら門はない。大手門も失われている。資料が出てきたら復元されるという。うーん、資料が出てくることを祈ろう。
 ただ、門がなければないで、想像できるから私はそれでもいいんです。礎石フェチというか。

プラモ

 帰り際に土産屋で童友社の松江城をゲット。冬バージョンの箱絵はここにしかないと聞いてたから。一度作ったけど、今度はもっと上手く作れそうな気がする。

 さて、旅行記はもう少し続く。 

D51と、はやぶさ2(Alone Together)

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 実は、私の住んでいる町にも、D51(デコイチ)はひっそりと保存されている。

 久大線日田駅の裏手、線路ぞいの駐車場となっている場所の一角に置置かれている。数年前までは近くの公園に置かれていた。その頃は確か触り放題乗り放題だった。息子が幼いころに遊びに行った覚えがある。
 その後、公園がなくなり、こちらに引っ越したわけだが、久大線の線路脇なのでデコイチにとってはこちらのほうが安息の地といえるかもしれない。

 ときどき、ここに来て眺めている。たいてい誰もいないので、D51とふたりっきりの時間を過ごすことができる。

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 左側の木造の建物は鉄道構内の建物。

 写真を撮っているとき、ちょうど下り「ゆふ」が到着した。
 今は動かぬ蒸気機関車のすぐ近くを現役の汽車が通り過ぎる。

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 中にはいって触ってみたいけど、柵があるので入れない。
 でも、柵がないとイタズラをする不届きものが必ずいるので、これでいいのだ。

 D51 176  製造所 日立製作所笠戸工場(山口県下松市)、 製造年月日 昭和14年1月19日

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 ベンチに座って全体を眺める。D51と私。二人きり(D51とその向こう側のビルの間に久大線の線路がある)

 “alone together”・・・一緒に孤独、ってどういうことかと思ってたけど、「二人きり」っていう意味なんだね!!
 先日ネットで読んだけど、日本語の「孤独」というのと「alone」はちょっと違うらしい。寂しい孤独じゃなくて、「ほかの場所から離れている」、積極的に離れている感じ。
 日本語の「孤独」は「Lonely」のほうに近いという。

 日本語には寂しくない孤独っていう言葉がない気がする。日本で孤独というと、さみしくて悲しい響きがある。
 それにしても、こんな鉄のカタマリのそばにいて心が安らぐって、我ながら不思議だ。昔もわりと乗り物は好きだったけど、模型を作るようになって一層こういった乗り物に興味ができて、自分にとって安らぐ場所になったというのはうれしい。

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 古めかしい信号機らしきものも、一緒に保存されている。こういう構造物はどこかシュールで好き。

酒2
 昨日は職場のミーティングで遅くなったのでできなかった、祝杯をあげた。

 「はやぶさ2」に乾杯したんだよ。昨日は、九時過ぎにネット中継で記者会見も見た。涙が出た。はやぶさ2のミッションを成功させた日本の技術者たちに乾杯。
 そして、もちろん、D51にもね。同じく日本の技術に。難しいことはわからないけど、たぶん戦艦大和やD51を作った技術とスピリットが、はやぶさにも受け継がれているに違いないから。
 テレビやネットの画像を見ながら、吉村昭先生の描いた「戦艦武蔵」や「零式戦闘機」を思い出していた。日本人の誇り。

 ひさびさに飲むワインがとっても美味しい(ようやく香りがわかるようになってきたのでお酒解禁)

謹賀新年

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 今年もまた、このバカ製作記にお越しくださいましてありがとうございます。今年もアホ話に一層の磨きをかけていきたいですがあんまり磨くのは得意じゃないので曇ったままかもしれませんが、そこは大目に見てください。

 今年も一人で大原八幡神社に参拝。楽しみにしてたおみくじは、なんと!! 大吉!! 初めてじゃないかな。「願い事・・・叶う」「待ち人・・・来る。連れがある」おおっ、誰が来てくれるんやろ!? しかも誰かを連れてきてくれるなんて(感涙←もう喜んでる

 最近気が付いたんだけど、鳥居や灯篭や狛犬など、神社に置いてある石造物には、必ず作った年月日と寄進した人の名前などが彫り付けてある。それを見て歩くのが最近の楽しみ。
 たとえば、この狛犬なんかは・・・・

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 天保四年、と読める。本当かな?←疑うなよ それ江戸時代でしょ? へええー

 この神社は創建は中世、現在の場所に移築されたのは江戸時代の初め頃、ということで、ここらでは最も古く大きな神社。だから、田舎とはいえ、参拝客であふれかえっている。そういうにぎわいは苦手なので、すぐに裏手の寂しい道に進路を取る。

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 いきなり誰もいない(汗
 ここは、ときどき来たい場所なんだけど、なんせ正月でもこんな感じ。最近多いでしょ? 一人歩きの女性が殺される・・・とか。ほんとねえ、「もののけ」はちっとも怖くないんだけど、変質者みたいのが出てくると怖い。いや実際、背中に「あたしゃ若い女じゃありません」と書いて貼って歩いたらどうかなと思うんだけど。頭のおかしな人として通報されたら余計恥ずかしいか。

 しかし、絶対何かいるよね、こういうところには。もののけ、というか、人ではない何かが。
 風が吹くと、大きな木が「ざわざわざわ~っ」とすごい音をたてる。でもそれが気持ちいいんだよね。

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 鳥居には、「一億一心」「八紘一宇」の文字が。裏をみると昭和16年か17年だった(すみません裏側の写真撮ってない)

 戦争のあったころ、戦勝祈願だろうか、神社がもてはやされたんだろうね。もう少し前に生まれたら、私もこういうところで息子の無事を祈っていたかもしれない。
 半藤一利「語り継ぐこの国のかたち」(大和書房)読みました? ひとりひとりが、何を残して、何を語り継いでいくべきか考える、それが大事なことなんじゃないかな・・・と思った次第。
 よく戦争体験者の手記やインタビューで「戦争でこんなにひどい体験をした、だから二度と戦争はしちゃいけない」という結論がありますが、じゃあ、そのためにはどうしたらいいの!? 私はそこを知りたい。国が戦争やろうよって流れになったとき、私らが「はんたーい」とか言ったって、それで戦争回避できるのか? 無理なんじゃね? というか、「はんたーい」と言える勇気があるか? すごく不安だよ。

 どうすりゃいいかよくわかんないけど、やはり地道に戦争のことを知らないといけないし、それにはまずはプラモデルなど作ってみるのが一番だと思うんだよね。ひとつのすごくわかりやすい入口として。草の根活動ですよ。展示会で歴史を解説する展示をしたりしてね。若い人はどうせわからんだろうとか、決めつけずにね・・・。

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 上り坂をあがっていって、たどりついたところには・・・すでに、お社の建物はなく、礎石のみが残って、一番奥にご神体?が祀られていた。

 なんだか現代アートみたい。不思議な空間だ。しかし・・鳥居をくぐった瞬間、神様の領域なんだなあと納得する。

 ちょっと見ると寂れた姿ですが、よく考えたら、本当の廃墟なら草ぼうぼうのはず。きちんと手入れされてるんだね。照明も置かれていて、昨晩から今朝にかけては、参拝する人もあったのだろう。

 何かが「ある」よりも、あったはずの何かが「なくなってる」状態のほうが私は好きなんです。

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 神社の入り口付近。ありふれた風景だけど、よく見ると、さまざまな石造物が見られるね。

 石垣は、きちっとした切込ハギという手法で積まれ、安永何年奉納とかいう文字が刻まれていた。江戸時代後期? 灯篭の中ほどの濃いグレーの部分は古そうな石だね。その上はコンクリートで作り直したのかな? 鳥居は、いろんな年代のものが見られたよ、江戸時代のは石で戦中のものはコンクリートかな。さまざまな石が使われてるのが面白い。
 そう思って観察してると、今まで見てたのとは違う風景に見えてくるから楽しい。

 日本は木の文化なんて言うけど、けっこう石も使われてるんだよね。ただ、湿度のせいか日本の石は苔むして湿っぽい感じがする。まあそれが風土文化ってことか。

 さて明日からは模型つくりを始めようと思います。とか言いながら、我慢できずにしちゃうかも
・・・今夜。

エアフェスタ浜松の写真(頂きもの)

浜松1

 先月、二人の素敵なモデラーから浜松エアフェスタの写真いただいていたんですが、地元の展示会の後、あれこれ書いてるうちにご紹介のタイミングを逃してました。遅くなってすみません。

 まずは前日の事前訓練飛行、こちらは、こわもておやじさんの写真。
 飛行機は飛んでる姿がいちばん・・・と、よく皆さん言われますが、こういう写真見ると本当にそう思うね。カッチョいい。AWACS。

浜松2

 こちらはブルーインパルス。

 おおー、なんか危険そうな技だ。

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 で、こちらはエアフェスタ当日、嘴頼さんの写真。当日も絶好の航空祭日和だったようですね。

 三沢から来た、E-2Cの8枚ペラ換装機。空自では初めての換装機だそうです。
 こうやってみると、わずかなべこつき(というのかな)、外板のへこみがわかりますよね、この質感!! これですよ、これが実機を見に行くとさらに目の前で見られるから感動する。手触りというか。

DSCN0042 - コピー

 で、ブルーインパルスが9機で富士山隊形に日本晴れ。静岡ならでは!! 

 現在、大分県日出生台で米軍と陸自の共同訓練の最中なんだけど、放置プレイ・・・もといオスプレイが岩国から来るはずだから、うちの上を飛ばないかなあと少しだけ期待してる。でも方角違うよね、無理か。そういえば米軍の空中給油訓練中の事故もありましたね、C130はイジェクションシートなんかないんだね、かわいそう。でも海自のヘリが救助してたね。やっぱヘリコプターだ、頼りになるのは。
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