つれづれプラモ製作記

自称飛行機モデラー・きららのプラモ製作とプラモの活動記録

活字

たたかいの日々

本 「蘇る翼F-2B」(小峯隆生著柿谷哲也撮影/並木書房)

 大分のジュンク堂に行ってD51の本などを探してきた。とりあえず一冊よさそうなのを買ってみた。
 あと、飛行機の本も少し購入。この本は買ってすぐ読み始め、読み始めると面白くて止まらなくなって二日で読んでしまった。特に前半、2011年の津波のときの様子は手に汗握る。興味深いです。

 「操縦者はベストを求めないんです。ベターでもすぐできることを選びます」
 などという、ハッとさせられるような言葉がいっぱい。

 それにしても、再確認したのは私はパイロットより整備兵のほうに興味があるってこと。だってパイロットって単に操縦してるだけでしょ。整備する人がいないと飛行機は飛ばないんでしょ?

 なんで私がパイロットにさほど興味がないかというと、たぶん自分が飛行機を操縦してみたいとは全く思わないからだろう。そういう憧れは私にはありません。
 むしろ、機体の勉強して整備する人になったら楽しかっただろうなあと思うことはある。

 いろいろ忙しかったこの数日の〆に大分駅ビルの映画館で噂の「ダンケルク」も見てきた。
 映画じたいは、まあまあ面白かったかなというくらいだけど、スピットファイヤが飛びまくるので飛行機好きには楽しい。

 ただ、ドイツ軍(Bf109Eとハインケル)があまりにもやられてばかりで腹立たしい。
 スピットとメッサーはもっと互角に戦ってほしかった。
 悪役・スツーカはカッチョよかったけど。

 飛行機ってやっぱりいいなあ。ヒーローなんだよね。

今はもう秋だから?(MRAPに手を出した)

箱 連休に招かれざる客・台風がやってきて、今日はうちの近所もみんな家でじっとしているのだろう、まるで正月の朝みたいな静けさでうれしかった。たまにこういう日があっていい。日本人は少し働きすぎですよ。しかし佐伯のモデラー共の安否が気になる。みんな無事でいてくれ。

 本読んだり模型作ったりするので、缶詰状態でも全然退屈しない。
 以前から少しずつ作ってるM-ATV MRAP(パンダモデル1/35)

1


 M-ATVってなんじゃ? って私に聞かないでください。まあネットで検索すりゃすぐわかるんだけど、目の毒な超絶作品とかがすぐに出てきて「うぁぁぁすげぇ~っ、・・・・私にゃとても無理、もうモデラーやめたい」と、へなへなになってしまうので、検索はしない(基本的に作り始めたら他人の作品はなるべく見ないようにしている)

 エッチングパーツをたくさん使わないといけない。昔作ったドラゴンのキットは金属パーツを使うかプラパーツでやるか選べたんだけど、これは強制的にエッチングを使うことを強いられる。ひゃー。
 飛行機モデルのほうが難しいと思ってたけど、これはこれでヘビーだな。

 もう何かの冗談みたいに完全に歪んでますね。こんな四角いものを作れっていわれても・・・できるわけないよ。

2


 シャーシの部分。これ写真にすると一枚だけど、ここまでたどりつくのにものすごい数のパーツをイヤになるくらいくっつけたんだよ。
 ほんとアホみたいな部品分割で、だんだん腹立ってくるので、あまりに小さいゴマつぶみたいのは接着しない。
 最終的にタイヤつけてちゃんと接地するのかどうか、かなり怪しい。神のみぞ知る。

トンプソン 本も一冊読み終わった。「極夜」(ジェイムズ・トンプソン著/集英社文庫)

 フィンランドを舞台にしたミステリ。面白くて一気読み。
 主人公の一人称なのでハードボイルドに近いかもしれない。強いんだけど、とんでもない心の傷を持ってるという設定がいいね。改めて、人間って弱いところがないと魅力的に感じないんだなあと思う。

 この本一冊だけで、フィンランド人はこうだなんて言うのは間違ってるとは思うけど、確か梅本さんの本に書いてあったフィンランド人を揶揄したジョーク・・・「フィンランドの酒場の床は斜めになってるんだ、なぜかっていうと血が流れやすいようになってるのさ(酒場でしょっちゅう流血沙汰になるので)」という話を思い出した。
 美しい自然や素敵なデザインの家具など、北欧のお洒落なイメージとは裏腹に、アルコールやセックスに明け暮れる血の気の多い男共の住んでいる国。
 フィンランド空軍が第二次大戦中にあれだけ活躍したのも、そういうことだったのかも。

 ところで、トワ・エ・モアの「誰もいない海」いい曲ですね。

  ・・・いまはもう秋 誰もいない海
  (中略) 私はわすれない 海に約束したから
  つらくても 死にはしないと・・・

 えっ、死にはしない、なんていう歌詞だっけ。ドキっとした。

 死にたくなるくらい辛いこと。一体何があったんだろうね。
 でも誰でも一生のうち、一度や二度は死にたいっていうか、もう何もかもイヤというか、ご破算にしてしまいたいくらい辛いことがあるよね。素直にそれを歌詞にしたっていいんだね、なんだか不思議と心が軽くなった。

いつかは骨になる

車窓1 数日間、母の四十九日のため帰省しておりました。毎日来てくれていた方々には申し訳ない。すみません。

 四十九日で父の実家に泊まり、久々に懐かしい昔話をしたりご馳走になったり、楽しいこともあったけれど、次の日からは納骨堂と墓地の見学の日々で精神的にぐったりした。

 悲しいとか寂しいとかいうんでなくて、ぐったり。
 納骨堂ってすごいですね。ロッカーみたいなモノがずらっと並んで、あの中にたくさんの骨が入ってるのだろうなと思うと、複雑な気分になった。
 椎名誠がいつか書いていたけれど、日本の墓って「お骨」をそのまま入れるから、いつまでたっても骨は風化せず、その骨をそのまま守っていくのが日本人の先祖への正しい姿勢であるかのように多くの人は思っているけれど、それは本当に正しいことなのか。もちろん、そうしたい人はそうすればいいだけですが、私も椎名さんと同じようにいつまでも骨が残っているのは違和感を感じる。人は無から来て無へと還ってゆくのではないか・・・?

 そもそも普段宗教心もなくお寺にお参りにも行かないような人間が、死んだときだけお寺にお願いするというのも何かムシのいい話で寺を利用してるだけの気がする。無宗教ならお経なんかいらないから、どこかに散骨でもすればいいんじゃないか・・・? いろいろと考えてしまった。

 まあそんなことを考えながら妹と二人であちこち見学したり、今後のことを話したりしていたら、ぐったり疲れてしまったのね。
 不思議なもので身内というのは話して楽しい反面、血のつながりという重い何かが基本に横たわっていて、接していると妙に重苦しい。私の叔父叔母などを含め、もう私の知っている人はずいぶん死んでしまったんだなあとも改めて感じた。すべてはどんどん過去へと流れていっている・・・・。


車窓2 先日、帰省した息子が
 「子供のできた先輩が、休みの日にポケモンGOをやりに出かけようとしたら、「ポケモンと赤ちゃんとどっちが大事!?」って奥さんに言われたって。意味わからんわ」

 という話をして、二人で笑ったんだけど、その話を妹にしたら彼女まったく笑わないどころか非常に不愉快そうな顔になり「その男、いまだにポケモンGOしてるとかありえんわ。だいたい赤ちゃんとどっちが大事って言われたらどういう意味かわかるでしょうが? そいつどんだけアホなの?」
 というので慌ててしまった。

 さらに妹は「男ってのはほんと稚拙でバカだね」などと男性一般へ矛先が向かってくるので、妙に腹がたって変な言い争いになってしまう。っていうか、そもそも私はなんで男共が悪く言われると腹が立つのか自分でもよくわかんないんだけど。
 笑い話のつもりで話したら、むしろ怒りをかってしまったという・・・笑いのツボは人によって本当にさまざまだね。こういうのを地雷というのだろうか。

 というわけで、本日、ようやく任務終了と同時に大分駅のポポンデッタに駆け込み、新幹線やD51の載っている中古鉄道雑誌を数冊入手。そのわずかな時間だけは、納骨堂も墓も香典返しも妹との価値観の違いも面倒なことはすべて忘れることができた。
 次はやっぱD51作ろうかなあ・・・・。

落ちてました(汗



 実は、落ちてました。あ? 今はもう落ちるとか言わないのかな? ネットに繋がらない・・・なんてありえないのかな?
 ワイファイとかあるからね今は。でも私はガラケーなのでパソコンでしかネットをしない。

 実は16,17と別府に行って帰ってきたらネットが繋がらなくなっていた(auひかり)。
 幸い日曜日でもサポート電話は繋がるので、すぐに電話して機器を送ってもらい、無事再開。

 で、ネットできない間は模型を作っていた。
 先日買ってマイペットによる洗浄を済ませておいた、トランぺッターのドーファンを作り始めた。
 これがもう、どんどん進む。パーツが少ないこともあるけど、このままいけば、いい感じに完成するかも。なーんて気が早いか。

 たまにはネットを強制切断させるのもいいかもしれない。

 待機中のハインド。あとはテールローターブレードにスミ入れするくらいで完成なんだけど・・・。

 この暑い日にスミ入れなんかできるかよ!! 冗談じゃねぇ!!
 っていうくらい暑かった。ほんとこれからの季節が思いやられるなあ。

 母の状態はそんなにいいわけではないけれど、小康状態というか・・・あまり話さなくなってきたので全体的には弱っていってるんだろうけど、もういろいろ言ってても私は私の人生があるしな、と開き直りつつある。数日おきに別府に行くのは当分変わらない。

 久々に本屋に行った。というか、ここ数か月は本屋に行っても背表紙がいまひとつ目に入ってこなかった。
 ようやく少し見えてきた感じ。脳のはたらきって不思議だ。自分が受け入れられる状態にないと、何を見ても入ってこないんだね。
 昨日はホビーのコーナーの雑誌を見ていたら、この雑誌の「静岡ホビーショー2017」出品モデル、という文字が目についた。

 模型雑誌ではない雑誌に静岡ホビーショーが掲載されてるんだなあと思って買ってみた。
 いわゆるコアなモデラーは関係ないかもしれないけど、そこまで行ってない人には十分な静岡レポートだと思った。
 こうやって客観的にみると、プラモデルもなかなか楽しそうなホビーやん!!

 ハセガワの三笠が載ってる!!(1/700のフルハルモデル) 設計した納本さんが取材されてる!!
 飛行機模型はタミヤのF-14が大きく掲載されてるけど、エリア88シリーズもちゃんと見開きで掲載されてますよ。てことは、読者層は私たちくらいなかのか。

 もちろんネットで情報としては知ってることばかりなのに、なぜ紙の媒体になるとこんなに存在感があるのだろう。
 紙に印刷されている、ということは特別なことなんだね。グーテンベルク万歳 

 ところで私のブログ、広告がなくなったのはお気づきですか? 広告が邪魔なので有料プランにグレードアップしたんです。ちょっとすっきりしたでしょ。 

機銃掃射

 「彗星夜襲隊」(光人社NF文庫/渡辺洋二著) 夢中になって読みました。

 美濃部少佐の芙蓉部隊について、渡辺洋二さんの熱い思いがほとばしる。隊をどうやって編成したかから始まって、その戦いの終焉までを克明に書いている。
 さて、そもそもなぜ彗星を使ったのか。

 部員はちょっと言いにくそうに代案を出す。
 「『彗星』の1P(ワンピー)なら相当ある。誰も使いたがらない機材だが」(※1Pとは熱田三二型エンジンAE1Pの略で彗星一二型のこと、同書より)


 さらに美濃部少佐は、実際に愛知航空機まで行って実際に使える機材なのかを技師に尋ねるシーン。

 技師「誰が飛べない飛行機を作りますか!!」
 少佐「それなら整備と保守を教えていただきたい。あなたの言われるとおりにやりますから」


 ほかの部隊から「使えない」と言われた機材を智慧と工夫で使いこなし・・・って、そもそもこのへんからして心躍る話じゃないですか。

 飛べない飛行機なんてあるはずがない、問題はそれを飛ばす人間や作戦にある。
 芙蓉部隊は特攻作戦をとらずに、できうる限り有効な手を次から次に繰り出していった。しかし決して指揮官の美濃部少佐は特攻を否定していたわけではないという。ただ、安易に特攻を選ぶ前にやることがあるだろう!?っていうのが美濃部少佐の考え方だったのだと思う。

 やれることを最後までやる・・・元気の出る本です。


 一昨日から二泊三日で母の見舞い。帰省してきた妹も一緒に主治医の話を聞いた。

 「実はもう、とっくに死んでいてもおかしくない状態なんですよね」と言われて愕然とする。
 それでもまだ意識もあり、会話もできる。だから余計つらい。

 このまま点滴を続けるか、それともはずして、自然に命をまっとうさせるか。
 妹と私で選択してよいことなのだろうか。神様はどう考えているのだろう。
 もう少し様子をみつつ、できれば母が自分の家という気持ちにすでになっている老人ホームに帰って静かに見送りたい。

 妹とは葬儀の段取りなども相談する。
 まだ生きてるんだけどね。でももう考えないといけない。こういうの、経験した人はわかると思うけど、けっこう辛い。

 夜は妹と居酒屋で飲む。で、最後は考え方が衝突して大激論。あああ。
 妹から見ると私はウヨクらしい。やれやれ。 
 彼女のしゃべりがグラマンの機銃掃射だとすると、私は時代遅れのレンガ投げ。まったく勝ち目はない。
 最近は少し退避行動がとれるようになってきたけど、なかなか難しい。たいがい撃墜される。

 あーあ。モデラー共と飲んだり話したりしたいなあ。最近誰とも飲んでない。オッサン濃度がどんどん薄くなって息苦しい。

 

活字のちから(「ハセガワコンプリートワークス」その他)

 「ハセガワコンプリートワークス」(大日本絵画)
 ようやく、待ちに待った本が出ました。ハセガワファン必見です。

 ハセガワ三代の歴史を竹縄昌さんが丁寧な取材をされて詳しく書かれている。(※竹縄さんはスケビの「夢見る翼」「勝人がゆく」などの連載でおなじみ。もともと産経新聞の記者で、ベレンコ中尉の事件の取材をきっかけに飛行機の魅力に出会ったといつか話してくれた。)。
 後半はハセガワキットが網羅されていて(さすがに限定キットはのぞく)、定番のキットに関しては何が何年に発売されたかがすべてわかる。勝人社長編では、モデルグラフィックスのインタビュー記事の一部が抜粋されている。あれはとてもいいインタビューだったんだよね、本当のこというとスケビにも掲載してほしかったくらい。

 2008年頃でしたか、JMCに行って勝人社長(当時常務)と話していると「親父とは全っ然、話なんかしたこともないんですよ!!」といきなり反抗期の中学生みたいなことを言われるので、ハラハラしました(「親父」すぐそばにいるのに、聞こえるやん!!)が、なんでこんなこというんだろうなと思う反面、私の父なんかも同年代、昭和ヒトケタの親父は自分のこどもと対等に話しかけるようなことはなく、特に表向きの顔は厳しい。あくまで親と子は上下関係・・・勝重社長は武士のような威厳と気品を感じさせる風貌、私なんかは近寄りがたい雰囲気で(会話したことはありません)、ただ、息子(勝人社長)を通して見えてくる人柄をなんとなく感じるのみでした。
 「でも・・・(私の)仕事のやり方は、親父に似てますね」と勝人社長がふっと、つぶやいていたのは忘れられません。
 越えようとしても越えられない親父の背中。こういうの感じるのは男だけなのかな・・・。

 ・・・というような話はこの本にも掲載されてないので書いてみました。

 ついでに、私のこれまで読んで面白いなと思った「プラモデルに関する本」を改めてご紹介。

 「HASEGAWA Since1941 飛行機プラモの世界」(イカロス出版 2004年5月発売)

 ハセガワファンなら上記の本とあわせて読みたい。勝重社長のインタビューをはじめ、戸部さん(ハセガワの見本を作っている)や久保山さん(48アパッチや32ドーラなどを設計)が登場するのでモデラー的には興味深い。綺麗な完成品写真もイイですよ。

 で、ハセガワだけじゃなくてプラモデルの世界をもう少し深く知りたくなった人にはこちら。

 「静岡模型全史」(文藝春秋/2011年刊) ちと値段は張るけど一家に一冊、これで静岡の模型業界通になれる。
 これも竹縄さんがほとんどすべて取材執筆をされている。静岡の模型業界50人のインタビューで構成されていて、有名な人はほとんど載っている。模型業界年表(巻末)、静岡模型三社の詳しい紹介などもありがたい。
 静岡ホビーショー50周年記念として刊行された。

 2011年のホビーショーで、勝人社長(当時は専務)が合同展のブースにふらりと現れて「はい、これ読んでね」とイキナリ手渡してくれたのがこの本だった。
 いや・・・うれしいけど(汗・・・・重いっしょ!? 私九州まで帰らなくちゃならないんですけど(汗 でもせっかく手渡してくれた記念の本だから、宅急便なんかにせずに頑張って手に持って帰りましたよ。

 「日本最初のプラモデル」(アスキー新書/竹縄昌著)

 プラモデルの「プロジェクトX」。私ほんとこういう話が好きなんだよなあ。
 黎明期のプラモデルを作った男たちの話である(マルサンを中心に)。高度成長期、プラモデルの栄光と苦難の歴史・・・そしてそれは私たちの世代(昭和30年代前後に生まれた者)の物語でもある。

 最後、倒産したマルサンの金型を童友社が引き取っていく場面に涙。

 忘れちゃいけない、模型屋と模型雑誌。「日本プラモデル興亡史」(井田博/文春文庫)

 小倉で模型屋を営んでいた井田博さんが「モデルアート」を創刊したのはご存じでしょうか。
 ここを読んでいる方は知ってる人のほうが多いかな・・・展示会などではたいてい「昔のモデルアートに載ってた作例が云々」って話をよく聞きます。それらがどれだけ当時の模型少年たちの心をつかんでいたか、想像に難くない。

 この本もプラモデル黎明期からプラプレーンコンテスト、現代にいたるまでの歴史が語られているが、こちらは模型メーカーではなく販売したり雑誌を作った人の視点なのがまた面白い。同じことを違う視点から読むのってわくわくする。

 というわけで、これはもうほとんどの人が読んでますよね? 「田宮模型の仕事」(文春文庫)

 「模型づくりの楽しさとは実物の背景にある物語をそれぞれの人が新たに読み解くことにある」

 特にタミヤのプラモデルが産声をあげた頃の話は何度読んでも面白い。感動する。

 この本は田宮俊作さんがご自分で書かれているのもすごい。なかなか物書きとしても上手いです(失礼。
 だから好きなように書いているとこもあるとは思うけど。
 俊作様はB型なんだよね。人の心をつかむのが上手い。これは素晴らしい天性の才能だと思う。私もつかまれた一人。

 それに対して勝人社長には、私なんぞでも「頑張ってね!!」って言いたくなるようなところがある。A型なんだよ、一生懸命してるのが痛々しいというか。ほっておけない。
 メーカーとか模型業界なんかどうだっていいという人もいるとは思うけど、人生折り返し点を過ぎると、こういった本がやけに心にしみる。

何はともあれ飛燕(スケビ2017三月号)

 戦いすんで、日は暮れて。

 昨日の夕暮れ、黄金色に輝く西の空。
 冬の夕暮れは美しいね、信じられないような色に輝く。

 次の瞬間、フッと太陽が山の端に消えていく。あんなふうにして、人の命も消えてゆくものなのだろうか、などと思ってしまう。
 お願いだから、もう一度顔を見せてくれよと思うけれど、もう帰っては来ない。
 でも、だからこそ価値があるんだね、この瞬間は一度だけだから。

 そろそろかな、と模型屋へ行くと彗星43型が届いていた。そうなんです、フジミのなんちゃって43型はやめて、やはりファインモールドの彗星を作ることにしたの。中津留大尉に申し訳が立たないもん。
 模型屋さんはオシャレな帽子をかぶっていたので、ほめようかなと一瞬思ったけど、男が帽子を被りはじめるときって、もしかして、もしかするとだからね、そのことには触れないでおいた。私って優しいなぁ。
 ハセガワの新製品「二式大艇」の箱を拝ませてもらう。「いやー、今後リニューアルが続くんじゃないですかね期待できますね」と意味深に何度もうなづく模型屋。

 ひとまず、今年もなんちゃってJMCが結果発表まで無事終了したので、ひとり祝杯をあげる。

 去年の秋口から体調が悪くて、実はあんまりお酒を飲んでいない。だからぐい?みに二杯も飲むと気持ちよくなってくる。

 旨いお酒です。大分県の酒、鷹が来ると書いて、たかぎや、と読む。
 飛行機モデラー御用達にしたい名前でしょ。鷹ですよ、鷹。

 スケビ最新号が届いた。その中の川崎重工飛燕復元チームの冨田さんの話が熱い!! 感動した!!

 もちろん、私は去年神戸に飛燕を見てきたからかもしれないけど、なぜH2Rと一緒に展示していたのか・・・その理由も再確認できた。

 P-3Cって川崎重工が作ってたの? 知りませんでした←おい!!

 そんなわけで、今回はこの話を読むだけでも価値があるので、ぜひ買って読んでみてください。
 内容をここに書くとスケビが売れなくなるのでこれ以上は書きません。

 あとは読んでのお楽しみ。
 

読んでスッキリ「国のために死ねるか」

 この本読んだことありますか?(「国のために死ねるか」伊藤祐靖/文春新書)

 最近特殊部隊の本を読んでいて、アマゾンでもっと面白い本はないかと探そうとしたらこの本がすぐにヒットした。去年出てたんですね、恥ずかしながら知らなかった。
 ここを見ている方の中にはすでに読んだ人も多いと思いますが・・・。

 めちゃくちゃ面白く昨晩一気に読んでしまった。
 今までモヤモヤとしていたことやモヤモヤと疑問に思ってたことがいっぺんに晴れた気分がする。気持ちいい。

 たとえば、なぜ日本人は第二次大戦で負けたとたんに天皇陛下は神ではなくなって人間になったことを受け入れられたのかと以前からずっと思ってた。私が戦前の生まれだったら「天皇陛下は神だと思って陛下のために戦ってきたのだから、そんなことが受け入れられるかコノヤロ!!」と思い続ける気がするんだけど、そんなこと言ってる人は聞いたことがない。私だけの疑問か!?と長年悩んできたけど、これ読んで私の疑問は消えたわけではないけど自分が見当違いの疑問を持っていなかったとわかった。
 
 ほかにもいろいろあるけど、なんていうのかな・・・ああー、頭がアホだからうまく書けない、すみません。
 これは海自の特殊部隊の創設者の書いた本です。出だしの北朝鮮の工作船の話とかもまるで小説か!?っていうくらい面白い(面白いというか興奮する) 1999年3月のこの事件、みなさんは知ってますか。私は知らなかった。
 しかしこの人が七年間かかって苦労してようやく特殊部隊がカタチになってきたというとき、海自は著者を艦隊部隊に異動させようとする。
 意味が分からない。それで伊藤さんは自衛隊をやめてしまう・・・あああ~もったいない!! 人材のロス。海自のノータリン(死語)!!

 私は著者より二つ年上、1962年生まれだけど、ほぼ同年代、同じような価値観で育った。恥ずかしながら私の母は「知覧とか見学に行く人の気が知れないわ、戦争に使った飛行機なんか見るのも嫌」という人だった(汗。
 ここ十数年模型を作るようになって感じていた「モヤモヤするもの」・・・自分が日本人であるということの居心地の悪さとか愛国心って言葉に対する気恥ずかしさ・・・。それがこの本を読んでいっぺんに晴れてきた。
 何かのせいにせず、自分で考えて求めていけば、少しずつ糸はほぐれていくものなんだな!!
 こんないい本を書いてくれる人もいる!!

 とにかく興味を覚えた方はネット上の書評とかは読まずに、本屋で手に取ってみてください。ほんの800円くらいだし読んでみて感想を聞かせてもらいたいな。書き込んでいただければと思います。

独り会議なのに決まらない

 次期主力製作機の選定会議が、なかなか終わらない。

 体調も悪い。先週の金曜くらいから喉が痛く「どうせまたPM2.5のせいやろ」とタカをくくっていたら本当の風邪だったようで、結局大人の遠足の次の日くらいからどんどん悪くなり、熱はないんだけど風邪薬でなんとかしのいでいる。でも風邪薬飲むと眠くなってアホ頭が余計アホになって昼間っから眠くてしょうがない。

 実は、三月に熊本で展示会がある。3/19(日) 詳しくはこちら→ モデラーズミーティングイン熊本

 私ももちろん参加しようと思うけど、何か今からひとつ作ろうかな・・作るなら大きいほうがいいよね・・・
 ハセガワ1/32のスターファイターはどうだ!! もちろんデカールは古くて使えない。ハセガワに聞いてみたら今は絶版とのこと。うーん困った。

 コクピットを見てみる。

 いつも72を見てるので、やたら巨大~!! 
 マルヨン「ご、ごめん、きららさんが触ったら大きくなっちゃった」

 っていうくらい大きい(意味不明

 だけど、このままじゃ少し寂しいかなー・・・資料はバッチリ持ってるけど、作りだしたら大変なことになりそうな気もする。

 こちらはガンプラ、ガーベラテトラ・きらら専用機。
 いくつかパーツを切り離してたところ。

 ガンプラは塗装色をどうするか前もって考えなくちゃいけない。
 パーツばらばら状態で塗装しないといけないから。結構アホ頭にはつらい。 
 ああしようかこうしようかと、これも悩み中。

 結局これかなあ。CH-47Dチヌーク レベル1/72。

 やたらとカッチョいい箱絵。だが中身はマッチボックスなのだった・・・・またかよ!!
 ほんとにもう。
 別にマッチボックスがイヤではないんだけど、だまされそうになるのがイヤだ。
 今回はランナーにちゃんとマッチボックスって書いてあったのですぐにわかりましたが。

 CH-47って単にデカイだけの「木偶の坊」かと思って、最初はあんまり好きじゃなかったけど、実は有能なんですね。
 チヌーク「まぁね、自分で言うのもなんだけど名器・・・もとい名機だね。名器はお前のほうだったな」
 きらら「いやーん、バカっ」
 チヌーク「いいじゃねぇか、同い年だし。オスプレイみたいな不時着野郎とは違うぞ」

 CH-47が運用されたのは1962年からだそうですね。
 オスプレイはハセガワから出てるのになんでチヌークは・・・ひどい扱いだ。ほんとモデラーは回転翼機を作らないんだよねえ。
 そういえば、百機目を川崎重工が納入したという→http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170118-00010000-newswitch-ind.view-002
 たまに私の頭の上を三機編隊で飛んでくれるときがあるけど、すごい迫力でうれしい。

 あと、M-102はベトナム戦争などで使われたりゅう弾砲なんだけど、この二つのアイテムで何をしようとしてるかはもうおわかりですよね? とはいえCH-47Dじゃちょっと時代が違うかな。ま、いいや。訓練ってことにすれば。
 それより問題は人形がないってことか・・・。

 とにかくどっちを向いても問題が多い。独りで会議やってても全然決まらない。

 「城のつくり方図典」(三浦正幸著/小学館)

 これはもう、めちゃくちゃ面白かった!!
 毎晩寝る前に少しずつ読んだ。全部読んでしまうのがもったいないくらいだった。

 城をどこに建てるか、から始まって縄張、普請、作事と、実際の城を作るときの工程に沿って説明されている。
 実際の城の豊富な写真なども織り交ぜながら。

 とっても楽しいです。これ一冊でニワカお城ファンになりました。
 こないだ読んだ本も面白かったけど、こちらはぐっと詳しくて深い。石垣のところは特に私の好きな部分でもあり、詳しく説明してあったのでじっくり楽しめた。で、それを読んだうえで城跡に行くと・・・先日の日出城址のように石垣だけでも何時間でも楽しめるようになるの。

あの運命の日(「私兵特攻」)

 さて、11月は「つれづれコンペ」の掲載や、その後体調不良などが重なり、書きたいことが書けなくて重いカタマリのようになって胸につかえてくる。苦しかった。

 さて、11月19日に、大分海軍航空隊跡地を訪れた・・・あの日から話を続ける。
 現在は航空隊跡地の一部分は大分市大洲運動公園となって、市民の憩いの場であるが、その一角にひっそりとこの記念碑が立っていた。「神風特別攻撃隊発進之地」と書かれている、おそらくこれだけが航空隊の記念碑であるらしい。私も今回初めてここを訪れた。

 昭和20年8月15日の玉音放送後に宇垣纒長官以下十一機の特攻機が発進したという話は私も一応知っていたけれど、正直「特攻隊」というだけで重い話だし、なんでまた終戦後にそんなことしたのか、しかも宇垣長官って偉い人でしょ、それがなぜ大分航空隊にいたの?意味わからんわ・・・。

 人間って、意外と自分の足元を直視するのは勇気がいることで(しかも面倒くさい)、今までまともに調べたこともなかったんだけど、大分県人で「自称飛行機モデラー」を名乗る以上、それを知らずにいていいのか。なんだかものすごく気になってきたのは自分の年齢のせいか。

 記念碑の裏に書いてある年齢を見ると、特攻時、宇垣長官は五十五歳。ほぼ私と同じ年齢だったんですね。
 なんだかなあ。「呼ばれた」ような気がしたんです。書くようにと。

 「私兵特攻」(松下竜一著/新潮社)

 私が十数年前に模型を始めたきっかけは、タミヤの1/48零戦を作ったことだったんだけど、そのとき「零戦」について調べたくなり、戦史本など買っていた頃、印象的なタイトルにひかれてこの本も購入。
 松下竜一さんは大分県の有名なノンフィクション作家である。

 だがしかし、あまりにも重そうなテーマで難しそうだし、読んでいなかった(恥・汗
 それが先月、大分航空隊跡地を見て帰宅後すぐに読んでみて・・・ああなんと興味深くドキドキするような本だったのかということがわかった。単に重い話なんかじゃない。単に悲しい話でもない。
 あの8月15日の午後四時過ぎ・・・それをさまざまな人がさまざまな視点から証言し、幾度もその光景が描かれる。

 丹念な取材で、あの日が次第に目の前に立ち上がってくる。それがもう、何とも言えずドキドキ興奮するんです。
 中津留大尉機(宇垣長官乗機)が沖縄に突入する場面などは夜中読んでいて怖くなって、布団の中に入ってもなかなか眠れなかった。

 私にとっては先日読んだ「指揮官たちの特攻」(城山三郎著)からも続いているともいえる。
 あの運命の日、そして飛行機の不時着により生き残って戦後を生きた搭乗員たちの証言がまた・・・読み応えあります。

 写真が黄色っぽく写っていてすみません、実際は白です。たまたま実家にかけてあった寺司さんの作品を最近持って帰った。こういった屋根瓦を題材にした作品で知られている。大分県の方ならご存じの人も多いと思う。
 この本の主人公が、大分市出身の版画家・寺司勝次郎さん(甲飛十三期出身)。

 テレビの鼎談に寺司さんが出演して「最後の特攻隊」について話したとき、アナウンサーの何気ない質問「どうしてもう戦争は終わったとわかっていながら・・・こんな平和が来るとわかっていて、なぜ二十二人もの若者は命を捨てようとしたのでしょう」に、こう答えている。

 「どうして、こんな平和が来ると分かるんですか。それはいまだからいえることで、昭和二十年八月十五日の時点では、日本がこれからどうなるのかは本当のところ誰にも分らなかったんですよ。(中略)毎日毎日死ぬことだけを教えられて、それだけを目標にしてきた若い彼等にとって、ある日突然訪れた終戦は殆ど意味を理解できなかったと思いますよ。私には八月十五日夕刻に長官と共に出撃した彼等の気持ちが痛い程にわかりますね。」

 少し長すぎる引用になってしまった、すみません。でもここはショックというか非常に感銘を受けた部分。
 今の価値観で当時を推し量ることはできないと、改めて思った。もっと謙虚にならなくてはと・・・。

  というわけで、飛行機モデラーが作らなくて誰が作る!? 特攻隊員の遺書とか読んで感傷的になって泣いている場合か!? それだけでわかった気になっていいんか!? やっぱりね、特攻機を作るしかないよ。

 と思ってフジミの彗星買ったけど・・・800kg爆弾がついてない。爆弾取り付けもどうやればいいかわからない(再現されていない)し、ハードル高いなー。ファインモールドの48もあるけど、そちらは作るの大変そうだし・・・汗
 あかんわー、偉そうなこと言って、もう腰が引けてる(汗
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