東別府2

 母の一周忌のため、帰省した。

 寺でお経をあげてもらったあと、料亭でお食事。もう母の話をする人はほとんどいなくて、自分たちの話ばかりだから、むしろ楽しい。法事は死んだ人のためにするというよりも、現世に生きている者が自分たちの生を確かめ合う集いかもしれない。

 一夜あけて、今日は父の病院へ。
 再び東別府駅で電車を降りる。先日私に声をかけてくれた人は、やはり駅長かもしれない、深々と電車に頭を下げる。今度くるときはICカードではなくて、切符を買ってこよう。

 ところで、先日書いた「電車が参ります」というときの「参ります」ですが、
 「立場が上の相手とは直接かかわりあいのない話し手自身の行為を表す場合にも「まいる」が用いられる。この種の「まいる」は謙譲語ではなく、丁重な表現を用いることによって間接的に相手に対する敬意を表していると解される。・・・駅のアナウンスで「まもなく電車がまいります」などと用いられることがある。」(新明解国語辞典第七版より)

 おおー、先日の私の疑問に対する答えが全部、新明解に書いてあったよ。すごいなあ。
 謙譲語ではなく丁寧語でした。丁重な表現を用いて相手に対する敬意を表現する、日本語って素晴らしい。言葉が魂を持っている国の言葉だからね。電車は単に「来る」んじゃない。「ほかの誰でもない貴方のために、参ります」のよ。

東別府3

 のぼり方面ホームから見た駅舎。風情ありますね。

東別府1
 今日は帰省してきた妹と二人だったんだけど、父を見舞ったあとさすがに妹も「疲れた。食欲ない」と一言。

 せめて、オシャレな紅茶専門店で紅茶とケーキをいただいた。癒される味。はじめて入った店だったけど、お店の人は格好いいお兄さんでもなく、優しそうなオバサンでもなく、なんとなく飛行機モデラーみたいな風貌のオジサンだった。えっ、この人がこの美味しいケーキを作ってるのかしら・・・意外(失礼

 父はこのまま病院で死ぬことになるかもしれないという気がしてきた。
 たぶんそうなるのだろう。その日まで、少しずつ弱っていく父を見続けるのは、考えただけでキツイことだなあ。
 むしょうに模型のオッサン共に会いたくなる。
 (写真はすべて、日豊本線東別府駅にて)