東別府

 一昨年撮った写真ですみません。大分県別府市の東別府駅。

 ここのところ、週に一度の割合で別府通いしている。父が肺炎のため。薬のおかげでだいぶん持ち直しているけど、高齢なのでいつどうなるかはわからない。そう思うと、週に一度くらいは顔見ないと・・・ってことになる。あとはもう、自分が後悔するかどうかということだよね、後悔したくないから行くことになる。父は、まあ、私をみると笑顔になるので喜んでいるのかな(でも私が誰なのかはわかっていないと思う)

 父は四人部屋で、他の入院患者はといえば、片麻痺の爺様(恐らく脳梗塞か何かの後遺症なのだろう、車椅子で移動できるし知的には正常だと思うけど言葉が出ない)、もう一人は半月前までは自分で車いすで動いたりしていて大きな声で騒いでいた爺様だが、先週から拘束されて点滴を受けている。たぶんもう、口から栄養を取れなくなっているのだろう。手に手袋のようなものをはめられている(自分で点滴を外そうとする)ので、いよいよ機嫌悪く騒いでいる。「外してくれんかー」「おねぇさんどこの店の人かい」等、私に話しかけてくるけれど(売れっ子ホステスと思ってるのかも・笑)、答えるとずっと話しかけてきて大変なのでニコっと会釈だけしておく。
 すると、右側が麻痺している人が車椅子でよいしょよいしょと近づいていって、なんとか拘束しているバンドを片手で取り外そうとするのだ(恐らく鍵がかかっているので絶対に取れない)。
 それを見ていると、笑ってはいけないんだけど、なんともコミカルな図に見えてしまう。男ってやつは、と思ってしまう。なんとか外せるのではないか、という可能性を試してみるのがある意味すごい。不屈の魂。それに他人の拘束を外してあげようとする気持ちが優しいな。

 父はしゃべることができず、恐らく話もあまりわからず、二人の様子を黙って眺めている(認知症のため)、もう一人の窓際の爺様はひたすら眠っている。もとはどこで何をしていた人かわからないけれど、病院はこういう雑多な人間のるつぼである。さらに、看護婦、看護助手、リハビリ療法士、掃除の業者、医者など、人間観察には事欠かない。しかし患者の家族には一度も出会ったことがない。

東別府2

 帰ろうと思って、東別府駅の駅舎に入ると(一枚目の写真)、駅長(または駅員)が出てきて「待合室はヤブ蚊が多いからホームのほうがいいですよ」と勧めるので、ホームに出て待った。ホームで待っているのは私一人。

 梅雨の合間の不思議な好天で、あまり暑くなく、風が心地よい。
 しばらくすると、再びその駅長(または駅員)がひょっこり顔を出して、「電車は6分ほど遅れて参ります、申し訳ありません」と言われた。普通の駅ならマイクでの放送だけど、直接話してくれるのが新鮮である。なんか得したような気がする。
 ところで、駅では「電車が参ります」っていうよね、これって謙譲語ですよね。「電車が来ます」でいいような気がするけど、へりくだった言い方をするんだ。古めかしくて、なんとなく好き。

 あとどれくらい父は生きているのだろう、などとふっと考える。少しずつ少しずつ衰えていってそのうち・・・。今はまだ、少し元気があって、「また来るからね」と手を握ると少し握り返してくれたりもする。
 でもそんなとき、なんともいえない寂しそうな表情も見せる。わかってるのかな。寂しいのかな。なんともいえず、別れ際が悲しい。認知症の人が何を感じているのかは誰にもわからないのだ。最新の科学をもってしても。

 今月は母の一周忌もあり、その段取りとか、結構この一か月いろいろとありました。