ピトー管くらいは作らなくちゃと思ったら、さいきん72ばかり作ってたせいで程よい大きさの真鍮パイプがなくなっていたので、通販にて購入(近所の模型屋にはなかった)。
 足元見てる値段で腹立たしいが、買うしかない。ま、いっぺん買えばしばらく買わずにすむだろう。

 ん? なんかオマケが入ってる!!
 あっ、これハセガワの「ジグソーパズル型スポンジやすり」だぁ。
 試供品といいますか。うれしい心遣いです。

 こういうオマケがうれしいのって主婦の感覚なのかな、みみっちい? 模型雑誌に試供品つけてくれというのも、男性は全然言わないもんねぇ。年末にカレンダーもついてないなんて、主婦の感覚ではありえないよ。
 根本的な価値観の違いなのかもしれない。 

 で、ピトー管つけてみた。
 こんなの、ちょちょいのちょいですよ。
 それに72に比べると巨大なので作りやすい。

 いや~ほんと48って大きくて楽ねぇ~48作る人っていつもこんな楽々モデリングしてるのねぇ~ホホホ。

 などと余裕ぶちかましていたのですが、実は肝心なことを忘れていた(汗 その話はまたのちほど。

 先週読み終わった「破獄」(吉村昭著/新潮文庫)

 何度も脱獄を繰り返した男の話ですが(実在の人物がモデルらしいけど)、吉村氏らしい丹念に事実を追うスタイルで戦中戦後の時代を背景に話が展開する。私が興味のある問題・・・戦中と戦後まもなくの庶民の感覚・生活がうかがえて、ものすごく面白かった。

 特に網走刑務所のくだりがもう寒そうで寒そうで、読んでいるだけでぶるぶる震えがきた。でも冬に寒いところの話を読むのが好きだからやめられない(雪山の話とか)
 看守と囚人の息詰まるような攻防。私はひざ掛けで体を包んで電気ストーブにあたって「宮城峡」をちびちびと飲みながらページをめくる・・・至福の時。
 
 「宮城峡」がまた美味しい。ちょい(私には)高いけど。私は小学校三年生から六年生まで宮城県に住んでいたことがあり、「宮城」という名前は特別なんです。

 吉村先生の著作は、去年「陸奥爆沈」「戦艦武蔵ノート」を読み進めてきた。兵器の構造そのものに興味があるわけではなくその兵器を作った人間の営みに興味がある・・・とご本人自ら書いているけど、そのスタンスに共感を覚える。もちろん私は兵器のカタチにも興味はあるけど、それを作った人間や戦争そのものに興味があるかもしれない。

 それと吉村先生が師と書いていた川端康成の本も読み返してみようと買ってきた。久しぶりに「伊豆の踊り子」。
 吉村先生によると「ものすごく文章が上手い」ということなんだけど、確かにその清冽な文章は「宮城峡」のように素晴らしい香りがする。なんだかそういう良さがわかってきた自分がすごくうれしいね。

 大戦機も今の世の中からみると古臭い飛行機だけれど当時は最新鋭の技術だったように、文学も今では「文豪」とか「名作」とか言われて高尚なもののように言われているけれど、当時はそれが最先端の表現だったんだよね。

 かつてはモノ書く人が若者の心を掴んで揺さぶるような時代があったのだ。
 今でもそういう人がいないとは言えないけれど、ほかにいろいろな方法が増えすぎた。

 と言いながらも、ネットではやはり言葉でものごとを伝えようとしているから、やはり書くという行為はこれからも続いていくのかもしれない。