つれづれプラモ製作記

自称飛行機モデラー・きららのプラモ製作とプラモの活動記録

2015年01月

マイペース(1/48モノグラム AH-1S製作記)



 尻餅対策には板鉛を入れることにしたが、すでに胴体も貼りあわせた後、どうしよう。
 仕方ないので裏側の赤丸で囲んだ部分・・・M197機関砲のターレット部分なんですね・・・ここを切り取れば板鉛を入れるスペースがあるはず。確か72のときもここに入れたような気がする。

 というわけで何とか切り取る。
 「ごめんね・・・痛い思いをさせて」
 「姐さんのためならあっしは構わねぇ。ひと思いにやっておくんなせえ」

 板鉛を詰め込めるだけ詰め込んで瞬間接着剤で固めて、何事もなかったかのように、後を塞いだ。



 板鉛が無くなったので買ってきた。
 これでしばらくは尻餅対策に対応できる。



 今朝の新聞に載っていた(2015/1/29 大分合同新聞)、イノシシに衝突・・・の記事見て思い出した。

 つい先日、同じ久大線を日田から大分方面に走行中、急に列車の速度がのろのろと・・・まるで自転車と同じ!?かと思うくらいに減速したので「ゆふ」のトラブルか!?と思っていたところにちょうど通りがかった車掌さん(笑いを我慢しながら)「列車の前を犬が走っています」

 何も線路の上を走らんでも・・・汗
 ちょっと横にそれて線路から出ていきゃいいものを・・・汗
 後ろから列車が走ってくるもんだから、犬はパニックになって一生懸命走ってたんだろうね。

 結局「ゆふ」は数キロにわたって犬の後を走ったので、定刻より15分くらい遅れましたが、滅多にできない経験をしました。

 犬は幸いけがもなく(窓から見てると、突然線路を出て、反対側に走って帰って行った、ちゃんと家に帰りついたかな)ホッとしたけど、今回のイノシシは死んだのかな。しかしああいうときは緊急停車するので運が悪いと転んで怪我することもあるが、せめて怪我人が出なくてよかったね。
 先日も列車の前を急に渡った人(車?)がいて緊急停車したんだけど、ああいうとき転んでケガしたりすると、JR九州の責任になるのかなあ。車掌さんが「怪我した方はいませんか」と言いながら列車の中を歩いてきたので大変だなあと思った。 
 
 

ガンプラモデラーに教わる

 なぜか模型屋に二度行った日。

 まず午前中、シンナーと塗料を買いに。

 おおっ、零戦がいっぱい入荷してる(人口7万人かそこらの町ですから。アカシ模型店にしては、これはすごく多いほう)

 模型屋「絶対に零戦売れます」←いつになく自信まんまん。

 「永遠の零」がテレビで放映されるのが楽しみですねと、話す。
 映画はイマイチだったけれどテレビドラマに期待大ですよ、と模型屋さん。

 私は、懐かしのタミヤ21型と、ハセガワの21型の箱を開けて見比べる(でも買わない・汗)。
 キットを見ているところを、模型屋さんに撮影される。「フェイスブックに書いていいですか」
 「いいですよーどうぞどうぞ」 本日の分にアップされてます。「アカシ模型店」でググッてみてください。フェイスブックのページが見られます。

 店の中にこんなふうなキャンプで使うようなテーブルとイスが一体化したようなものが置いてあり、最近ここで中学生が模型作ったりすることに解放しているのだという。

 そんな話を聞いて、何となく気もそぞろ、もしかしてその中学生に会えるかもと思い、夕方再度模型店に行ってみる。
 私もヒマだねぇ、というか物好きというか、結局モデラーなのさ。

 行って見るとやはりその子が来ており、早速模型屋さんに紹介してもらう。
 ガンプラなので何ていうアイテムかよくわかんないけれど、そこはモデラー同士、早速おしゃべりしていると・・・
 もう一人、もう少し大人のモデラーがやってきて、またもや模型屋さんに紹介してもらう。

 で、その方のガンプラのディテールアップを目の前で見せてもらう。
 なるほどな~、そこの装甲を少し大きくすると、おおっ、かっちょよくなるやん!!
 少しプラバンで太らせたり、削ったり。「オレのいちばんかっちょええと思うガンダム」になるようにするわけね。
 もしスケールでそういう勝手な改造を施すと「架空機」になっちゃうけれど、ガンプラは自分のセンスで改造してもいいんだね。

 そうか・・・だとしたら、若い人はそのほうが楽しいに決まってる!!
 自分で手を入れようとしたら「おーっと、それは間違ってますよ」なんて言われるスケールモデルなんて、かったるくてやってらんないわけだ。

 ガラスケースの中もキャラクターの花盛り。

 私も何か作品持ってきて置いてもらおうかなあ、「スケビのライターの」なんて紹介されたけれど、そんなことより、モデラーの名刺は作品だもんね。 
 二人の若いガンプラモデラーが目を輝かせて「天プラにも参加したい」と言ってるのを聞くとうれしくなる。
 
 いいね、いいね。今夜は気分がいい。うちに帰って少し飲もう。 

 
 
 


 

あっ・・・・・・(1/48モノグラム AH-1S)



 スキッドを接着して再び緊縛。やれやれ、と作業台に置いてみると。
 あっ・・・・・・・

 かっちょわるぅー尻餅なんかついてやんの~アホだよなぁ~誰が作ったのよ・・・って私です(汗。
 くやしいなあ、モノグラムのせいにもできないし。

 「そろそろなんか面白い失敗するんじゃないかなぁ~」と期待してた人もいるでしょうから、ま、これでいいのだ。

 そういえば、72を作ったときにオモリを入れたような気がする。いや、どう見てもテールヘビーのカタチしてるよね。飛行機モデラーならば普通気が付くよね。
 うーん、必要なさそうでも最近はオモリ入れるようにしてたのになあ。
 スタブウイングを付けたりキャノピー乗せてみてもやっぱり駄目。さてどこにオモリ入れようか。



 何? 汚い? ・・・下手ですみません。
 胴体を合わせるのって難しいよねえ。もう飛行機やヘリコプターを作るときの永遠の課題というか・・・。
 なんでみんな綺麗に合わせ目が消せるのかなあ。
 せっかくのモールドを壊さないように合わせ目を消すのは私には難しい。
 もうちょい頑張りますが、適当なところでやめちゃうんだろうな。

 昨日は法事で帰省してたんですが、親戚の嫌なオッサンがいまして・・・。
 人生経験を重ねた読者諸兄ならばおわかりだと思いますが、親戚とか肉親というのは、もちろんいい部分もたくさんあるけれど、逆にお互いの過去や欠点まで知り尽くしているし遠慮がない分、他人にはとても言えないような「えげつない」話までできちゃうんですよね。
 本当は親しき仲にも礼儀あり、だと思うんだけど、少し思慮の足りない人なんかは言いたいことを言ってしまう。

 よく、バカな相手にまともに相手すると自分も相手と同じバカな人間ってことになる、という人がいるけれど、じゃあ腹が立ったままじっと我慢してるのがいいんですか? それでイライラしてストレス貯めるのが大人の対応?
 ときには言い返したっていいんじゃない?

 最近疑問に思いますよ。我慢しろ相手にするなと言いますが、それは他人の場合。他人だったら、嫌な奴とは二度と会わないとか無視するとかできるけれど、親戚や肉親は二度と会わないなんて無理だもん(絶対できないわけじゃないけど非常に難しい)。
 昨日は腹が立ったので、嫌味を言ってやりました。

 ああー、アホらし。
 うちに帰って「そうだ、そうなのだ、こういうときはとりあえず作業場に入ろう」と思って、AH-1Sで少し遊んだというわけ。
 本当に、こういうときのために模型はあるんだよね。

 ドアの向こうに全く別世界があるって素晴らしいことだよね。

第二回なんちゃってJMC 審査結果発表!!

 「第二回 なんちゃってJMC」の審査結果が発表されましたので、ぜひご覧ください。

 「なんちゃってJMC公式ページ」

 若い頃からパロディって大好きでした。アホなことを真剣にやるのが好き。

 実はニセガワのカタログも作ってみたい。実際のラインナップにはない製品のカタログ。

 ハセガワは大好きなんだけど、正面から「愛してるよ」なんて言うのはテレくさい。ちょっと違う方向から「ハセガワのバカっ!!」とか言うのが好き、こういうのツンデレっていうのかな、ふふ。なんかねぇ~ヒネリがきいてないと面白くないでしょ。

 ハセガワ製品だけ作るということにどういう意義があるのか、と思うかもしれませんが、やはりこうやって作っていただくと色々気が付くこともあるし、参考にしたいところも多く、色んなキットの作例カタログ的なものとして見ても面白いです。
 また、前回に続けて参加してる人もいますが、すでにこの二年で腕を上げてるなぁ~と感じたりもします。
 良かったら、ご覧の方々から作品に対する感想など頂ければうれしいです。お願いします。

 参加者の年齢はよくわからないのですが、恐らく40歳以下の方もけっこういまして、古いタイプの飛行機モデラーとは違う感性も感じられたりして、新鮮です。
 このコンテストで初めて知り合った方も多く、私にとっては本当にかけがえのない交流となりました。
 改めて、参加者の方々には感謝します。

 実質三か月くらいで皆さんフィニッシュされたわけで、当然仕事の傍ら、貴重な休日や開いた時間を製作にあててるわけです。それだけでスゲエなー偉いなーって、心から思います。私みたいなヒマ人は誰もいない。
 で、そのヒマ人(私)ですが、去年から色々私事で忙しく、大丈夫かなあ不安だなあ・・・と精神的に追いまくられながらも、逆に「なんちゃってJMC」の存在にどれだけ励まされたかわかりません。

 今年も静岡ホビーショーのモデラーズクラブ展示会に参加するつもりです。
 ぜひみなさんも見に来てくださいね。

 それでは・・・第三回は果たしてあるのか!? それは誰にもわからない・・・・

 (※JMCとは、ハセガワが1991年から独自に行ってきたコンテスト。正確に言うとJoyful Modellers Conventionであって、コンテストではない。数々のモデラーを育ててきた。2012年・第22回を最後に現在休止中。東京と大阪で開催された会場は一般のクラブ展示にも無料で解放され、模型イベントとして愛されてきた、私は2007年、2008年、2009年、2012年に見学)

緊縛(1/48モノグラム AH-1S製作記)



 あたし、ほんとは縛るより縛られるほうが好きなンです・・・。
 だってぇ~、そんなきつく縛ったら壊れちゃう~~(汗

 とか言いながら接着してみましたが、微妙に左右ズレてるやん!!
 ここでうまく接着しないとあとで段差消さないといけなくなるので大変なんだよ。

 胴体接着は難しい。何度やってもうまくいかない。進歩がないねえ。



 キットはIRサプレッサー(排気を冷やすための装置)を装着しているタイプ。
 私が見た実機はこういうのついてなかった。

 この部分の端は実機写真を見るとそんなに薄くない。それでもプラがすごく厚いので少し削った。
 ピントが合ってなくてすみません、左側が削った側。



 チラ見えがそそりますねぇ~。
 アラいやだ、私ったらオッサン感覚になってる。でも飛行機作ってるとだんだんそうなっていくのかもしれない。

 端を薄く削りました(もうちょい綺麗に削らなくちゃですね)
 この空気取り入れ口も私の見た機体は塞いであったし、たぶん最近の機体はそうなっているんだと思う。確か異物が入らないようにってことじゃないかな。
 でもやっぱり、模型的には空気取り入れ口があるほうがいいね。

 あとは左右胴体が綺麗につながれば、塗装できるな・・・とはいえ自衛隊の迷彩模様って面倒だけどね。
 それとフニャフニャ機関砲問題もあるし。やっぱ私が硬くしてあげなくちゃいけないかしら。

ほったらかしにしないでくれよ(モノグラム1/48 AH-1S製作記)



 コクピットを右側に接着してみました。ちゃんと胴体左側が接着できるのだろうか。それはまだわからない←いいのかそれで

 エンジンがこのような位置になります。
 おおー、なんとなくヘリコプターのしくみがわかる感じ~。
 このエンジンから、テールブームの中をシャフトが通じて、テールローターを回すんですよ。



 ミサイルの後端が分厚いと思ったので、ピンバイスで削った。
 左側が削ったやつ。

 接着する前にしたほうがいいよね・・・汗
 大切な人は失ってから気が付くというけれど、必要な工作は終わってから気が付く。



 ハセガワのメッシュを貼りました。
 48だとちょうどいい感じ。

 写真撮って気が付いたんだけど、真ん中の部分がメッシュを貼った部分、上下の二か所はキットのモールドなんだけど、いい感じやん!!

 どうして真ん中部分だけモールドされてなかったかというと、ここはエンジンが見えるほうがかっちょええので、わざと「穴」が開いていて、自分でここにメッシュを貼ってくれよ、ということなんです。

 あ、メッシュ貼る前に少し端っこを削って薄くしときゃよかった。
 工作したあとに気が付く。工作ってほどの工作でもないけど。瞬間接着剤をタミヤの硬化剤で無理矢理固めるだけ。

 やっぱり完成させる秘訣は、「せめて自分が今何やってたんだか覚えてるうちに次の工程にうつっていく」ということかもしれない。
 そうすれば飽きない・忘れないうちに前進できる気がする。

 Please,Don't ever Let me be
 I only wanna be by your side

 ほったらかしにしないでくれよ、いつもそばにいたいだけなんだよ

 (You Really Got Me/オリジナルはキンクス、もちろん私が好きなのはバン・ヘイレン)

手紙の、ちから

 少ないけど、模型の資料は作業部屋に置いている。

 本って、中身も読むけど背表紙も「読む」んだよね。背表紙も色々なことを語るんだよ。
 だから奥が深い。

 本屋に行って本を眺めているだけでも、何か色々得るものがあるのはそういうことなんだろうね。

 一番下の段がAFV。あとは飛行機。大して持ってないでしょ。

 写真とはあまり関係ないけど、両親にかわって書いた寒中見舞いは今日すべて投函した。老人ホームに入居したこと、今後もう年賀状を書けない状態であり、これまでお世話になりました、ということを書いたんです。
 わりと最近、手紙を書く機会が多かったんだけど、つくづく郵便ってすごいよね。

 小さな紙切れに書いた文字が、たったの52円とか82円で、まぁ例えば「静岡県焼津市八楠3-1-2」の模型メーカーにも届いたりするわけです。「すみません、デカールをお願いします。モデラーから頂いた古いキットだったので黄ばんでいたんです」・・・・って部品請求かい!! 頂いたキット云々って書く必要あるのかい!! とかツッコミ入れたくなるかもしれませんが、受け取る相手は機械ではなく人間ですから、やはり何か説明したくなる。  

 今はメールで事足りることが多いけど、だからこそ「ここ一番」ってときは手紙が効果的とも言える。 

 そんなことを考えながら宛名を書いた。相手の声が聞こえる電話もすごいけど、下手な字でも心を込めて一文字ずつ書いた手紙、必死に文章を組み立てながら、どうすれば想いが伝わるか言葉を選んで書いた手紙。

 メモとか書きなぐるような文字ではなくて、考えて書くのってすごい集中力もいるんだよね。でも書いているとパソコンでモノを書いているときとは別の部分(脳の)が覚醒するような気がしてきた。

 それと、今年は喪中の方に、寒中見舞いを書いてみた。
 実は去年、私自身が喪中だったんだけど、ただ一人、あるモデラーが寒中見舞いをくれたんです。

 おおっ、かっちょええ~!! 大人の男って感じ~!! それに年賀状が一枚も来なくて寂しい正月だったので、その唯一届いた寒中見舞いのうれしかったこと。
 というわけで、今年は真似して書いてみた。

 そんなふうに、模型仲間から色々と教わることは多い。

ヘリは男らしく(1/48モノグラム AH-1S製作記)



 寒中見舞いの宛名書きは三日間で終わらせる予定(自分の知らない人の名前を書くのがこんなに苦痛とは思わなかった)、そのうちの二日分が終わったので「もういいよね」と思って作業場に行った。幸い昨晩はわりと寒くなくて模型日和。
 やっぱり、本来自分の好きな場所で好きなことをしているのは落ち着くね。ようやく今年初めてのモデリングでしょうか。

 モノグラムのコブラはどんどん出来上がっていく。パーツが少ないからかな。
 ときどき、パーツの少ないキットを作ると精神的にすっとする。

 操縦桿がどっか行っちゃったので、伸ばしランナーで適当に作り直し。
 なんか棒状のものがあればそれらしく見えるでしょ。ダメ?

 「棒状」という言葉から連想して、またもや「そんな小さなモノじゃなくて・・・オレの操縦桿を握れよ」などと私が書くんじゃないかと期待した人もいるでしょうが書きません(って、すでに書いてますが)

 それにしても、ずいぶん密度感があるように感じられるコクピットです、格好エエでしょ~
 私のいい加減なドライブラシでも大満足だもん。



 スタブウイングにロケット弾と対戦車ミサイルTOWを接着。
 対戦車攻撃ヘリの武装ってだいたいこの組み合わせのようですね。自衛隊のコブラは翼端に空対空ミサイルをつけてるのもある。

 ミサイルの端っこを削って薄くするほうがよかったかな。
 実は色を塗らないで接着してしまった。この状態でブラシ吹くつもり。かなりいい加減です。



 機首の機関砲なんだけど・・・当然ながら細長い銃身が非常に曲がりやすい。
 二本と一本に分割されたものを接着するようになってるんだけど(ハセガワの72もそうだった気がする)
 無理だよね、プラでこんな長いものをまっすぐ・・・って。最初からすこし曲がってたし、接着するときになるべくまっすぐになるように押し付けたりしてみたけど、無理。

 ふにゃーとなってる銃身なんて・・・男らしくねぇなあ。
 かといって金属で作り直すのって、私には難しいよ(涙 どうする? やってみるか? うーーん。

 ある人から頂いた誕生日祝い。
 「きららさんの●●まみれの×××を拭いてください・・・」

 涙が出るほど実用的な誕生日祝いでうれしかった。
 先日、お友達に洗浄させた、いや洗浄していただいたブラシの調子も大変いいし、今年もどんどん吹けそうです。

 キムワイプって、間違って鼻をかんだりしませんか? 私だけか? 似たような例として、トイレでフタを閉めたまま思いっきり上に座って「ひゃー冷たい!!」ってこともある(こういうのはO型がよくやる失敗らしい)・・・ともかく、鼻をかむには少々痛い。

 というわけで、優しく拭いてください。

本屋漂流(2015新年会)



 おおっ、まるで普通の女子ブログみたいな写真ですね。いったいどうしたんでしょう。新年会で飲みすぎ・・・もとい美味しいもの食べたからかな。

 昨日、我流会と日田HICのメンバー中心にモデラーが集まり、別府の温泉で一泊して新年会をやりました。
 温泉だからねぇ~ぽかぽかして、血流がよくなって色んな部分が元気になって暴走しそうになるのを抑えつつ会場に入っていくと、我流会には新入女性会員が二人も。
 「おおっ、モケジョですね!!」と、あちこちから期待に昂ぶる声があがる。

 ん? この私も15年前から真面目に模型作ってますがモケジョなんて呼ばれたことないぞ。
 「私ってすでにオッサンなんですね」と泣き崩れると、周りの男共から苦笑がもれる。
 なんで笑うんですか。いや、なんでそこで肩を抱いてくれないんですか。まったくモデラーってのは。

 そんな和やかな雰囲気で始まる新年会。
 今年もいい年になりそうだね。12/5,6に天プラ展示会も決定したようです。

 さて次の日(きょう)は、久々に本屋めぐりをしてきた。まずはいつもの「ジュンク堂」を堪能し、その後「カモシカ書店」に行ってみた。
 地元の情報誌で見つけて行ってみたいなぁと思っていたものの、去年は帰省したときも本屋に寄る気力もなく・・・ようやく念願かなって行けました。

 古いビルをそのまま利用して、昭和レトロとでも言う雰囲気(この二階)、広い空間に2000冊以上の本が一見何の脈絡もなく・・・でもよく見ると面白い配置で並んでいます。カフェも併設されているのですが、静かな空間なので(本屋ですから)、一人で本でも読んでぼーっとするにはいいかも。
 私は友人と一緒だったので今回はコーヒー飲みませんでした。いい香りがしてたけどね。

 「カモシカ書店」 大分市中央町2-8-1(開書堂カフェの斜め前) 月曜定休 営業時間11時~22時
 フェイスブックのページ


 別大マラソンで有名な別大国道。大分別府間の10数キロ程度、片側には山が迫り、道路のすぐそばに別府湾(道路と山の間を日豊本線が走っている)、という抜群のロケーション。

 夜などはここを走ると、別府の夜景が美しい。女の子を口説くのに絶好のポイントですね。

 私「なんで私に零戦52型丙のフラップは閉じなはれ。って書いたの」
 あべさん「だって駐機してるときは異物が入らないように閉じてたらしいよ」
 私「そっかー、つまんないなあ」

 なんでフラップの話してるんですか。

 私「ホントいい天気だよねぇ~暖かいし」
 あべさん「ほんとやねぇ~あぁ~模型作りたいけど~バイクにも乗りてぇなぁ~どうしようかなぁ~」

 大分駅前で降ろしてもらい、振り返ってにっこり手を振るが、成人式に行く華やかな振り袖姿のお姉さま方に目を奪われているあべさんは、私などすでに二万光年の彼方、まったく見もしないのだった・・・・。

 真冬の風が私のそばを吹きすぎてゆく。さて、次の戦場を求めて歩いてゆこう。

 久々に女友達とランチして、デパートでショッピングして・・・

 私はしょっちゅう、デパートやショッピングセンターで迷って外に出られなくなる悪夢を見る。つまり、大型商業施設が苦手なんです。

 だけどたまにはそういうところにも行かないと、真性オッサンになってしまう。たまには、バランスをとらないと。

 大分駅の構内。水戸岡さんのデザインかどうかは知らないけど、床は木製。いいでしょ?

 いつも乗ってる「ゆふ」の写真がなかったなあ、と思って日田駅で撮影。

 (もちろん今日もビール飲んだよ。ビールにおにぎり、という変な組み合わせが気に入っている)

 汽車は去り、煙は残る。
 気持ちよく置き去りにされたところで、今回の旅もお終いです。

本の旅、旅の本

 季節ごとに聴きたくなる音楽は大体決まっている。私はなぜか正月はビートルズを聴きたくなる。唯一持ってるのが「1962-1966」というあまりにも有名なジャケ写真のベスト盤。
 「Help!」で始まる二枚目を聴く。よっしゃー!! これで気持ちよく今年も始まった。

 1962年は私の生まれた年。そしてYS-11が初飛行した年でもある。
 じつは私の旧姓のイニシアルがY.S.なので、「これは私の飛行機なんだ」と子供心に思っていた。浅からぬ縁だと思うんだけど・・・。

 それにしても、やっぱすごいんだよなあ。なんでこんなにたくさんのキャッチーなナンバー、凄い曲を書くことができたんだろう。この中からどれかひとつ選べというと難しいけど、「ヘルプ」か「ハードデイズナイト」かな。

 急に冷え込んできた曇天の11月の朝・・・・

 冷たい風に身をすくめながら自転車をこいでいると、どこからともなくボンゾ(ジョン・ボーナム)のドラムが聴こえてくる。“When The Leeve Breaks”(レッドツェッペリン�Wの最後の超ヘビーな曲)のイントロ。いやぁ~これは文句なし、かっちょええ!! 鉄のカタマリのような超ヘヴィドラミング。 

 寒いとレッド・ツェッペリンが聴きたくなる。少なくとも夏の間はレッドツェッペリンを聴く気にはならない。
 そういうのありませんか。
 こういう状況で聴きたくなる音楽、ってありませんか。

 ともかく、正月二日目の朝は「レッドツェッペリン�W」で始まった。
 何も変わらない。毎年同じ正月の朝。
 変わる、んじゃなくて、変える、んだよね。自分で変えないと、何も変わらない。

 「幸福な食堂車」(一志治夫著/プレジデント社)

 九州新幹線のデザイナーとして有名な水戸岡鋭治さんの半生と、その仕事がいかに生み出されてきたかという秘密を探る。
 水戸岡さんの著書や、水戸岡さんのデザインについて書かれた本はほかにもたくさんあるみたいなので、特にこの本がすぐれているかどうかわからないけど、読みやすそうなので選んだ(去年熊本の美術館で水戸岡さんの展示会をしていたときに買ったもの)。

 「デザインの基本は整理整頓である」と水戸岡さんは言っている。ひゃー。いきなり痛いところを・・・確かに汚れていたり散らかってたらダメですよね。と言いながらここ半年、忙しさにかまけて部屋の整理整頓をしていない(汗 

 なんと言っても、崖っぷちに立たされていたJR九州に新しい車輛とデザインで命を吹き込んだ、そのときの様子を読むとドキドキするよ。実に実に痛快。
 
 戦後、焼け跡からものを作っていた時代、高度成長の時代、そうした頃とは違って、現代は「もう時代遅れ」「売れなくなった」と言われるようになったものを再び蘇らせる、というような話が多い。

 私は電車に乗るのが比較的好きだったけれど、正直言って、30年前、汚くて臭くてダサい日豊本線の特急電車にウンザリしていた頃があった。
 もうクルマでしょう、バスでしょう、高くて汚い電車に何で乗るのと友人に言われると、悔しいけど認めざるをえなかった。

 それが今は・・・なんと「ソニック」ですよ。ソニックってどういう意味か知ってるよね? ふふ。音速ですよ。いやー僭越ながら。

 今夜は模型の話でなくてすみません。書きそびれていた話をまとめて書きました。
 ほかにもいろいろ本を読んでたんだけど、この半年は書くこともままならず。
 最近も利用者さんが亡くなったりすることが多く、精神的に非常にきつい。

 両親のことも次から次にやることがあるし。一区切りついたら書こう書こうと思ってるうちに日々が過ぎるので、こりゃいかん状態。
 なんだか50代って大変なことになりそうな予感がするなあ。


 
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