つれづれプラモ製作記

自称飛行機モデラー・きららのプラモ製作とプラモの活動記録

2014年06月

完成しました!!(ハセガワ1/48 飛燕I型丙)



 ハセガワ1/48 飛燕I型丙の完成です。ようやく、ようやくここまで辿りついたよ。
 飛行第244戦隊長・小林照彦大尉乗機。調布飛行場

 尾翼の赤や戦隊長マークが塗装される前日!?という「あたし設定」で、考証は正しくありませんので信じないでください(参考にする人はいないと思うけど)。



 2008年か9年頃、JMCに参加しようと思って作り初め、リベット打ったり翼端灯を自作したりデカールは一切使わずマーキングは塗装したり(フムナに至るまで)補助翼のタブはプラバンを挟み込んで作ったりして自分的に頑張っていたんだけど、全然間に合わなくて挫折、おまけにこの蛇みたいな模様の迷彩・・・私にはハンドピースで綺麗に塗装するのはとても無理だな・・・と、そこでいったん放置。

 それにしても、飛燕は格好ええ~。どこから見ても美人だ。



 その後再開したのは二年くらい前、熊野筆で迷彩を塗装するやり方がハセガワのHPに出ていたので、「これなら私でも出来るかも!!」と思い切ってやってみたら、案外うまくいって、迷彩を施したあと去年のホビーショーでハセガワの人に見てもらって満足、再び放置したあとようやく手をつけたというわけ。

 いくらハセガワ愛とか言ってても完成できなきゃダメだもん。



 ブログで公開してると、引っ込みがつかなくなる、というのもいいところ。
 アンテナ線は皆様のコメントに背中を押されて挑戦。

 おかげさまで、やってみればできるもんだね!! かなり「なんちゃってアンテナ」だけど(アンテナ柱に近い部分は見ないでね)、0.09ミリの黒いテグスを瞬間接着剤で接着。三方向からアンテナ柱に向かって張る、という方法です。

 成せばなるって山本五十六長官も言ってたんだっけ。

 戦隊マークっていうんですか? 誰が考えたか知らないけど・・・もっと簡単なマークにしてほしかった。

 マーキングはすべて銀色を塗装する前にブラシ塗装してマスキング。銀色はクレオスの8番(当時はそれしか持っていなかった)。
 スジ彫りの繊細さがすごい。実機ぽい(飛燕は見たことないけど、零戦などは見たことがある)

 排気の「焼け」を初めとする「汚れ」は表現してませんが・・・この上から塗装する勇気がなかったのです。



 キャノピーから中をのぞくと、大変よく見えます。はっきり言って丸見え。
 シートベルトは板鉛で自作。陸軍のは二本だけなのでとても簡単。

 コクピット色は指定の色を塗装したけど、この色ではないという説もあるそうですね。

 あ、キャノピーの枠の塗装が・・・・下手くそだね。たはは。少しタッチアップしないと。



 ブレーキパイプは伸ばしランナーで。

 脚カバーは薄い金属板で作るといいかなあ。できないけど(汗。

 脚の角度が気になったので、この写真撮影後、やり直しました。キャノピーがズレてるのはやり直してないけど。

 「飛燕戦闘機隊(飛行第244戦隊写真史)」(大日本絵画)

 いい写真がたくさんありました。脚出し指示棒がよくわかったので、真鍮線で作りました。
 リベットなどもかなりよく見えます。

 この本に飛行機と一緒に写っている戦闘機乗りの多くが戦死しており、みな私の息子のような年齢の人たちです。とても辛くてまともに読めません。
 あくまで機体のディテールを見るのみ。

 あ、スミ入れはエナメルの黒でやってます。

 ついに念願のシーンを撮影。人形の塗装が下手すぎ。近いうちに塗装やり直そう。

 あの写真みたいにならないんだよね。どうしてだろ。
 ただ、こうして人形を置いてみると、飛行機が大きいなぁっていうのがわかる。
 
 この人形は確かスケビかモデルグラフィックスの付録じゃなかったっけ。
 小林照彦大尉その人です。

 この写真ね。「ひこうぐも」(光人社NF文庫) この本は小林大尉の奥様である千恵子さんが書かれた本です。

 女性が書いたので余計にロマンチックに書いてあるのかもしれませんが、とにかく小林大尉ってステキな人なんです。
 ルックスだけなら、ほかにも素敵な戦闘機乗りはたくさんいるけど、この優しさはまるでドラマ見てるみたい。

 知覧でもう明日にも特攻出撃か!?というようなときに奥様が面会に行くんだけど、別れ際に「ぎゅっ」ってハグしたりするんだよね・・・ああ~私もハグされたい←おい!!

 昔の人って無骨だったというイメージあるけど、愛に今も昔もないんだなあ・・・と思う。

 浜松基地にて(去年)

 小林大尉は戦後、自衛隊でF-86やT-33に乗り、T-33で殉職しています。
 戦中・戦後を通じ、勇敢に日本の空を守った人。
 そのスピリットをほんの少し、私の飛燕に分けてもらいました・・・

 最近、模型が完成するとうれしい反面なぜか寂しいんです。なんでかなあ。もうこの機体とはお別れだと思うからかな。もうこの機体を作ることはないと思うからかな。たぶん・・・もう一度作る気力はないから。

 一機ずつ、向き合う時間を大事にして作っていかなくちゃ。

昼間は、やりたくない(ハセガワ1/48 飛燕I型丙製作記)



 張りましたよ~!! 
 計三本張りました。写真では見えないけど、右側の水平尾翼に向かってもう一本あります。

 なんでこんなに蜘蛛の巣みたいに張り線があるんだよ!!
 ほんとにもう・・・ブツブツ文句言いながら張りますが、なぜか老眼のくせに明るい昼間には「やりたくない」んです。
 夜、それも寝る前になると気になってしょうがない、寝間着のままフラフラと作業場に行って作業再開。
 一応ピンバイスで小さい穴を開けたりしてそこに入れようとすると、これがもう絶望的に入らない。こんな小さい穴に入れられるわけないでしょ!! っていうか、細いテグスの先端なんか見えません(汗
 針に糸を通すのすら苦労するのに、こんな細かいものが見えるわけない。
 
 テグスは渓流用の黒い釣り糸0.09ミリ。72ならともかく、48にはもう少し太いほうが存在感あっていいかもしれない、ただ実際のアンテナ線は見えるか見えないかってくらいの太さだよね。
 伸ばしランナーでしようかと一応考えたけど、テグスのほうが綺麗かなと(伸ばしランナーを均等に伸ばすのは難しい)思ってこちらにしました。

 だけど、なぜか瞬間接着剤で接着しようとするとうまくくっつかないのは何故だ!?
 硬化剤も使ってますが、指ばかり接着してちっともプラは接着しない。



 やっちまった最終章。

 写真撮ってて気が付いた。
 なんかキャノピーものすごくズレてません?

 いやはや、こんなの気が付かなかったなんて、老眼恐るべし。
 ・・・老眼のせいじゃないかな? 単にちゃんと見てなかったんだね。接着したときは完璧だと思ってたんだけど・・・

 あ、そうだ、飛燕が太ったに違いない(汗
 思えばこの7年間くらいで、私も7キロほど太りました。ある日腋の下を触ると、「ぷにょぷにょ」してたので驚き。
 人間て腋の下にも肉が付くんだねぇ~まるで羽二重餅みたいで気持ちいい。

 などと話をそらしても時間の無駄、これをどうしようかと一瞬考えたけど、もういいや。無視。無視・・・。



 それよりも、頑張ったところを見てください。
 脚出し指示棒。

 塗装すべて終わったあとで作ったので、結構スリリング~。
 強度を考えて、今回は真鍮線で作った。いちばん奥のほうまで入っています←ヤラシイなあ
 写真みると、零戦なんかは板状だけど、飛燕は棒のように見えます。機種によって違うのかな。

 などと話をそらして、キャノピーのズレてるところはもう強制忘却(そんなことできるのか!?)。

 お酒飲むとまだ疼いたりするので、やっぱり飲まないほうがいいかも。模型をどんどん作ろう。

上反角のもんだい(ハセガワ1/48 飛燕I型丙)



 この飛燕は少し上反角が足りないらしい。だけど実機写真を見た感じではこんな雰囲気だと自分では思っている。

 ところで飛行機モデラー共と上反角の話をしていたら、「自分自身の上反角が気になる」と言う話になった。
 そっかー、それで飛燕のも気になるんだな(違 

 角度とか回数とか数字にこだわるのが、女からみると何か切ない。
 早く行ってしまうと「ごめんね」と謝る人がよくいるけど、そういうのも気にしているんだね。
 だけどプラモデルと同じで、本人以外はあんがい気にならないものです。
 他人は「えっ、そうですかねぇ~そう言われてみればそうかなぁ。でも言わないとわからないですよ」などと呑気に見ている。
 
 ところが本人は、「うまくできなかった」部分ばかりが目について、意味もなく冷や汗をかいたりする。
 本当は、やるべきことは別にあったりするんだよね。そっちじゃなくてこっちを触ってほしいとか(謎)

 たとえば、ここ問題でしょ。

 今なら多分もう少し上手くできると思うんだけどね・・・・汗
 それでも、翼端灯を自分で初めて作ったんだよ~。



 それより、脚の角度が怪しいって? かもしれない。

 で、あとはアンテナ線を張るだけなんだけど・・・・このアンテナ線がまた・・・・一本じゃないんだよね・・・・超面倒くさ~。
 さあ、ここでまた止まるのか!? ふえーん、どうしよう。72なら無視できるけど、48でアンテナ線がないのはちょっと寂しすぎる。誰か張ってくれないかなあ←おい!!

 それにしても、日本機のプロペラってなんで茶色なんだろう。黒ならずっと格好いいのに。茶色って・・・ダサすぎる。
 
 

最後まで行かせて(ハセガワ1/48 飛燕I型丙製作記)



 ハセガワ1/48 飛燕I型丙ですが、2008年ごろから少し作っては放置、少し作っては放置。最後の放置は確か去年、迷彩を塗装して小物なども塗装して、あとは組み立てるだけというところで止まっていた。

 脚はバラバラだったので、デカールを貼り、伸ばしランナーでパイピングして組み立てました。これでようやく接着できます。
 何? リベットデカすぎ? なんせ初リベット打ちで、力加減がわからず、プラを突き破ってしまったところも多々ありますが・・・汗

 この段階では細かい部分の組み立てやタッチアップが結構あるんだよね・・・一気にやればどうってことないんだろうけど、すっかり愛がさめているとたったこれだけのことなのに面倒くさくなってできなくなる。厄介な工程。

 最近72をよく作るので、48の部品が巨大に見える。
 細かいところまで再現されているのがうれしい。脚もかっちょええよねぇ・・・ほれぼれ。48を作る人が多いのも確かにわかるなぁ。



 キャノピーをのせてみると、合いもまずまずでホッとする。
 スミ入れはしようかしまいか、ずいぶん悩んだけれど少しだけしてみた。ものすごく繊細なスジ彫りが目にまぶしい。
 下手な工作を誤魔化すために少しアクセントがあったほうがいいかなと思って。

 あ、ちなみにこのキットは自分で買ったキットですよ~(汗 ここのところ頂いたものばかり作ってるけど、たまには買います。

 ここんとこ、「マシン・ヘッド」(ディープパープル)ばかり聴いていたんだけど、もう毎日「スモークオンザウォーター」のリフが頭の中でヘビーローテーション(汗 気が変になりそうだけど、やっぱ名曲なのだ。
 大人になってこのアルバムを聴いてみると、やはりジョン・ロードがバンマス(バンドマスター)だなぁ~「わし仕切ってます!!」って感じがするのが面白い。リッチーですらもくもくと自分の仕事をこなしてますって感じで、そこからは出てこない(ソロの最後にたいていアーム使用でよよよよよ~ん、ってやってるのが可愛い)。イアン・ギランは改めて聴くと歌が上手かったんだなあ~とか。イアン・ペイスとロジャーグローバーの二人もいい仕事してるなぁとか。

 色々味わい深い。
 昔から好きだった「ハイウェイスター」「レイジー」は、ソロフレーズなんか全部歌えます(汗 一生懸命コピーしたもん。
 それにしても、ハードロックはブルースロックから出てきたんだなぁって再確認。

 その後のツインギターのヘビメタバンドとは違う世界観があって、なんかいいんですよ・・・。
 ルーツっていいもんだなあと思う。ハードロックのルーツであり、自分の青春時代のルーツでもある。

 一昨日からお酒を飲み始めました。といっても、最初は「余市」をほんの少し。ニッカの「竹鶴」「余市」ってすっごく美味しいね、滅茶苦茶気に入ってる・・・。柔らかくて優しくて、とっても飲みやすい。日本の美女みたいです(←発言がすでにオヤジ)。

 ところが、三日前はいまいち美味しいとは感じられず、ようやく今日少しお酒の味が戻ってきた感じ。
 飲んだあと(お酒がさめていくときに)、わずかな痛みがあるのが気になるけど。痛みどめもあるし、なんとかなるでしょう。

我ら日の丸の旗のもとに(1/48 ハセガワ 飛燕I型丙製作記)


 唐突ですが、飛燕I型丙です(汗

 2008年頃から作っています。銀色になったところで放置、その後2年前くらいに迷彩塗装をして放置、放置に放置を重ね、かといってリベットまで打ったし捨てられない。別れたいのに別れられない。いつも心の隅にアンタがいたよ。
 取り出すたびに、私は色んなキットと経験を重ねて、色んなやり方も覚えて、少しはイイ女になったと思うんだけど・・・

 青い線その他タッチアップ(いまいち。
 有名な244戦隊の小林照彦大尉の乗機です。まだ尾翼を赤く塗装する前、という「あたし設定」

 日の丸を見るといつも胸が締め付けられる気分がする。
 日の丸の旗のもとに、私たちの親の世代は戦った。それは許されざることだったかもしれないけれど、では正しかったのか間違っていたのかと、単純に言えることだろうか。日の丸はイケナイのか。国歌はイケナイのか。
 日本人はそれを恥ずべきことと思って戦後を生きてきたような気がするけど(少なくとも私は日の丸を見ると何か後ろめたい気分になる)、だけどそれは私達の罪だろうか? 私はなんとなく肩身の狭い思いをしながら育ってきた気がするんだけれど、このままでいいんだろうか。
 少しずつ過去のことを知るにつれて一方的にいいとか悪いとか、単純に●●が正しくて××が間違ってるなんて言えるかどうかわからなくなってきた。
 もっと日本人であることを誇りに思ってもいいんじゃないのだろうか。こんな素晴らしい飛行機を駆ってB29に体当たりした人もいるのに。

 今この平和な世界ではムスタングも飛燕も仲良く共存しているよね・・・それは何かとってもうれしいことのように思える。そこで何を考えても誰かに叱られたり投獄されることもない。

 第二次大戦機を作ると色んな想いが押し寄せてきて複雑な気分になるけど、それがまた醍醐味。
 かつて、日の丸のもとに戦い、そのために死んでいった人々のことを思うと、やはり頑張って完成させねばと思う。

 あちゃ~経年劣化というか作り方が下手なせいか、ひび割れてきてる。

 国籍マークその他、ほぼ塗装でやってます。あの頃の自分にしては頑張ったよ。

 熊野筆でタッチアップ。

 迷彩塗装は熊野筆でやったんだよ!!(それ以外はエアブラシ)
 すごいでしょ。

 着陸灯? いや編隊等?がかっちょええ。

 デコ電用のシールです。
 どれくらいもつかわかんないけど・・・まっいいや。カーモデラーのヒトは洋白板を使ったりするみたいだけど。
 塗料で接着する。

 ありゃっ、透明パーツが曇ってるぅ~

 透明パーツを曇らせることにおいては天才的だね私。
 
 なんでいつもこう曇ってしまうのか・・・

そして、2014(ハセガワ 1/72 P-40N)

 主翼後縁が薄いって書いてたけど、どんなふうに薄いのか写真がありませんでしたね。
 でも後縁の写真撮るのって難しい。全然ピントが合ってないやん!!
 キャノピーがズレてるのだけがはっきりわかるやん!!

 あーもう、いやんなっちゃうねえ。銀色に塗装すると、いろいろなアラがものすごくよくわかる。恐い色なんだよね。だからこそ挑戦したくなるの。チャレンジャー・きらら。
 いつになったら上手く作れるようになるでしょうか。

 昨日は、どこがうまくいってなかったかを、ずらーっと書いてみたけど、自分的にはいろいろ勉強になったし、満足してる部分もある。
 見てくださってる方々には何の参考にもならないだろうけど、昔のキットを思い出して懐かしさに浸ってみてくださいな。

 そもそも私はHP作ってる頃から、「昼休みとか仕事から帰ってきた時間、ちょっとネットでも見るか・・・と開いてみたらアホなこと書いてあるなぁ~」って脱力感に浸りながら「ハハハ」と笑ってもらうようなものを書いてるつもり。
 たまにエッチなことを書いているのも、それが人類の共通言語だからですよ。決して私がエロい人だからではない(嘘

 そもそも模型の世界は狭いけれど、さらに72の飛行機に限定してみると果たしてモデラー100人中何人くらいが作っているのだろうか。キャラクターもの、AFV、クルマ、艦船、飛行機、さらにその中の超ニッチジャンルではありませんか。自分が作ってるから誰でも知ってるだろう、なんてのはトンデモナイ驕りだよね。もう72の飛行機だけ作ってる人なんか絶滅寸前。ガラケーじゃなくてガラモデラー。
 ただし、ジャンルごとに技法も様々だし苦労する部分は違ってたりするけれど、ピンバイスで穴を穿ちながら「よしよし、痛くないからね~、力を抜いて・・・」と言うのはどんなジャンルのヒトも同じ(違
 今後は違ってる部分じゃなくて、モデラーの共通言語に着目するほうが健康的かも。

 さてデカールは国籍マークだけでした。それでいいのか!? って少し思ったけど、それでいいのだ。


 先日作ったアオシマの五式戦と。

 並べてみるとスジ彫りのニュアンスに違いありすぎ(好き好きですが)。

 ところで最近、液冷機はエンジンのパイピングしなくていいから楽だな~ということに気が付いた(今頃かよ!!)。ファインモールドのBf109G-6があるので、それを飛燕ぽく塗装しようかなあなんて考えてる。なんちゃって塗装が楽しくて止まりません。

 歯の調子はまだまだ完全によくなっていないので、お酒はお預け。ああ~一体いつになったら飲めるのだ。絶望的。おまけに梅雨だし。
 何か楽しいことを考えよう。何か・・・・・・。

1976(ハセガワ1/72 P-40N完成)



 一応できたってことにする。
 ハセガワ1/72 P-40N 1976年(正確には、恐らく図面を書いたのが1976年で発売は1977年だったのではないかと思う)

 あべさんにもらったキット、「主翼後端の薄さがイイ!!」とのことでした。
 「薄いほうがいい」ってのは少しブラックですが(あべさん、ゴメンね)、フラップがひとつのパーツなので薄いんです。そのぶんヒケてたから、修正はある程度の技術がいる(私が下手なだけかもしれないけど)

 スジ彫りがものすごく繊細で細く、私は半ツヤクリアをかけてからスミ入れしたのでスミがうまく流れなかった。
 キャノピーその他、基本的な合いもけっこうよくて作りやすかったです。あ、パネルラインが正しいかとか上反角がどうかとか、そういうのは私はわかりません。
 この合いがいいとか悪いというのは結局金型屋の仕事のようで、長谷川専務に聞いたところによると、ハセガワでは70年代のある時期に日本→海外の金型屋に移行していったとのこと。最近のキットは合いがよくなってるけれど、昔のキットでちょっと怪しいものがあるのはその移行期なのかもしれない。
 タミヤみたいに自社で金型・成型、全部やっている会社以外は、この金型や成型問題は必ずついて回ります。

 左右三丁ずつのブローニング12.7ミリ機銃は、あまりにも可愛いらしかったので真鍮パイプで作り変えたけど、平行にきちんと整列させるのが至難の技。右翼はわりとうまくいったけど、左翼は見ないほうがいい出来。
 あとでふと気が付いたんだけど、主翼を接着する前に機銃を仕込んでおけばよかったのかなぁ。

 まー気が付いただけちょっと進歩したということだよね。



 塗装はクレオスの8番で、増槽とスピナのみスーパーファインシルバーにして変化をつけてみた。
 8番の上にクリアを吹いたのでわりと「いぶし銀」になったかな。
 この銀色のP-40Nは、世界の傑作機に掲載されてた機体なんだけど、正確には国籍マークの両側白い部分にはフチ取りがあるやつなんです。でも無視。機番も写真とはまるで違う。これも無視。アンテナの張り方も違う(もう一本張らないといけない)けど、さらに無視。

 補助翼を羽布として塗装したけど、よく読むと「この頃には金属製になった・・・」という記述が世界の傑作機に(汗)、無視!! スピナの部分の合わせ目消しをちゃんとやってないけど、無視。



 あれこれ無視に無視を重ね(汗)、もうこれで完成なの、完成ったら、か・ん・せ・い!!
 キャノピーの枠はものすごくスジ彫が薄いので(←できない部分はキットのせいにする)、今回も筆塗りで、へろへろです。
 突出キャノピーのほうが格好いいと思ってたけど、ファストバックもよいものですね。自分で作ってみると感じ方も変わってくるなあ。

 72なので、パネルごとの塗り分けはしていません。パネルも少ないし。



 機首の空気取り入れ口の三つにわかれている部分も繊細なパーツで、好き。
 シャークマウスのほうが強そうでウォーホークらしいけれど、裸の状態(いや~ん)もいいと思いませんか。あ、たぶん無塗装ではなくて、なんか塗ってるんだろうけど、それにしてもほぼ何も着ていない感じがするでしょ。うふん。

 今回もプロペラ回転はできていない。いつになったらできることか。道は遠いな(スピナは接着しています)

 こんなのあんまり公衆の面前に晒したくないんだけど、設計した人に敬意を表して。

 主脚にはベベルギヤというものがついていて、それで90度ひねって収納できるそうです。
 すごいなあ。アメリカの工業力。

 銀色はアラが出まくりで冷や汗ばかりかきます。表面をきれいにしないと塗装できない、という「お預け」感覚も、飛行機プラモのいやらしいところだよね。
 いつも「もう我慢できないっ」てなっちゃって、塗装したら汚くて・・・ということの繰り返し。

 1976年発売のアルバムの数々。

 76年は私は中学三年生、ロックに出会った年でした。
 友人にベイシティローラーズ(うわー恥ずかし~)のファンの子がいて、彼女に「洋楽」というものを習いました。アイドルグループやポップスよりも、いきなりハードロックがかっちょええ~と思ってしまった私・・・。

 今持っているロックのCDって百枚にも満たないけど、その中でちょっと探すと1976年発売のが三枚も見つかったとは!! 黄金時代というか、私の青春時代だったんですよね・・・。
 もちろん、当時はレコードで持ってたのはワイアードだけ、あとは友人から借りました。レコードって宝物でしたよ。
 今の若い人には想像もつかないんだろうなあ。それにあの頃の「ロック」という言葉の持つ響き。「ロック」っていうのは、自由とか熱いとかいうのと同じ意味だった。

 同じ頃、ハセガワからP-40Nが発売されていたことなんて知る由もなく・・・まさか今頃プラモを作るとは・・・
 ここをご覧の方は、当時P-40Nを作った人も多いかもしれませんね。

 私は、いまだプラモを語る立場にはいませんが、こないだのムスタングと言い、70年代発売のキットを作りながら70年代の音楽を聴くのって、なかなかいいものですね。
 1976年もののキットかぁ~なんて、まるでワインみたい・・・・・ううぅ~(悶絶) それを言わないでくれよ(もう半月ばかりアルコールを摂取していない、もし飲んでこのあいだみたいに痛くなったら、と思うと恐くて飲めない) 

見たくない(ハセガワ1/72 P-40N製作記)



 写真ってイヤだねー見たくないところがいっぱい写ってるから・・・。
 それにしても、私はなんでこんなものを晒してるんでしょうね~たまに自分でもわからなくなる。恥をさらすのが快感なだけかも。

 でもね、これ72なんだよ!! 72作って、これだけアップで撮影したらどうなるか・・・やってみ!!
 72の道は険しい。

 アンテナ線はなくてもいいかと思ったけど、これも修行と思って張ってみた。ブレーキパイプがあるのにアンテナ線がないのも寂しいし。
 実機は一本だけじゃなくて、もう一本見える。でもそれは省略。
 昨晩、何度やっても接着できなかったので(瞬間接着剤プラス硬化剤のコンビでやっている)、今日再度トライ。これでくっつかなかったら、もうやめようと思ってしてみたら、どうにか接着できた。
 でも、変だな・・・・剥がしてやり直すと汚くなりそうなのでもういいや。疲れた。

 明日以降、全体の写真を撮ります。

 ハセガワ48の飛燕I型丙はこんな感じで、こちらもあとはアンテナ線だけ。

 平成8年頃から作ってるから足かけ六年くらい? 今さらながら、極限とも思われるほど細く繊細なスジ彫りに驚嘆のため息。本当に美しい。繊細にすることに命をかけているのだろうか、ハセガワのキットは。

 モデラー(それもごく一部の超絶モデラー)の欲求にこたえ、出来得る限りの技術と工夫をこらして、どんどん繊細ですごいキットを作るようになっていったんだろうけど、その行きつく先はもしかすると袋小路なのではあるまいか・・・
 そんな予感がするけど、それは私みたいに何も知らない素人の考えることなのだろうか。

 もうひとつの方向として、「誰でも作りやすいプラモ」というのはないのだろうか。

 今回のスケビ(2014年7月号)にあさのまさひこさんという方がこういったことをもっと論理的にきちんと書いているんだけど、じつは同じことを私も長谷川専務から静岡で聞いていた。
 「オスプレイを作ったお客さんがスライドデカールを知らず、“どうやって貼ればいいかわからなかったよ”と言われた」という話。

 私は同じ話を聞いたけれど、そこに問題点を感じなかった。その人、インストをちゃんと読んでいなかったのかな? と思った程度。
 世の中の人はみなスライドデカールの貼り方を知っている、ということが模型メーカーの人には前提になっているというのも、へぇ~!?そうなのそれでいいの??って感じがした(その場では黙ってましたが)。

 しかしともかく、同じ話を聞いてそこから原稿を書いた人と、聞き流した私と・・・
 悔しくて悔しくて、この記事を読んだあとはアタマの中が沸騰してきて眠れなかった。

 誰でも作りやすいプラモ、というのは簡単なようで簡単ではない。たぶんね・・・。
 私いつも思うんだけど、一個作った人が「よーし、もうひとつ何か作ってみるか」というふうに、「次の一個」に行くかどうか、そこが分かれ目なんじゃないかなって。二個目に行きたくなるのはどういうときなのか、どういうキットなのか・・・。

 そこに謎があるような気がする。

第二回 なんちゃってJMCへのお誘い

 第二回はいつやるのかという問い合わせメールが数百通(嘘)、今年も「なんちゃってJMC」を開催することになりました。

 前回とほぼ同じようなレギュレーションですが、今回はより広く「空を飛ぶもの」という定義(もちろんハセガワが販売している製品に限る)。作品締切は2014年12月1日。


 参戦したい人は、7/31までにキットの箱絵の写真とともに私にメールで申込んでね!!


 あ、その前に、なんちゃってJMC公式ページ のレギュレーションをお読みください。


 ご質問は なんちゃってJMC掲示板 にどうぞ。




 (写真は72のP-40N あとはアンテナ線を張るだけ。スミ入れしたら、なんかやたらと格好いい)

 ※おかげさまで、今日はずいぶん痛みもとれてきました。昨日までは歩くと痛みが歯の奥に響いて痛かったんですが・・・今は、縫った糸の結び目がほっぺの裏側に当たって痛いくらい(汗 早く糸を抜いてほしい。明日からは仕事も復帰します。

試されている(ハセガワ1/72 P-40N製作記)


 デカールが国籍マークと機番だけだったので気楽です。
 脚にブレーキパイプ(伸ばしランナー)をそれらしく這わせておいたけど、よほど近くから見ないと見えないね。がっくり。

 なんちゃって脚カバーや増槽など、下面に接着するものを全部接着した。左翼下面に、ライトらしきものを発見(今頃になって・・・汗)、着陸灯?編隊灯? なんかわかんないけど。あ、翼端灯はP-51と同じく、とても小さい。そこはかとなく「アメリカの技術力」を感じさせる。

 昔は脚を接着したあと待てなくてすぐに裏返したりしていたけど、今はちゃんと一晩おいておきます。
 キャノピーは大丈夫かって? もうすり合わせしておいたよ。バッチリ。


 増槽とスピナはスーパーファインシルバーで塗装してアクセントにしてみた。

 写真の赤線の部分・・・フラップの途中なんだけど、パーツ分割の都合でここが合わせ目になっているんだよね・・・
 ここを消さないといけないのがじつは結構大変だった←消さなくてよかったりして(汗

 ここを消すのと、フラップのヒケを消すのが、このキットの最もたいへんな部分かな(ラッカーパテでやったけど大変だった)。
 若干、キットに試されている気分になった。
 ヒケを消すのに苦労するのでフラップを一体化したパーツ(端はすごく薄い)をやめて、現在のように二枚合わせるようになったんだろうなぁ~
 ヒケを綺麗に修正できる人にとってはこちらのほうがいいかもしれない。

 それからちょっと自慢させてちょうだい~。
 このキットは昔のキットらしくアンテナ柱とピトー管は初めから胴体や主翼にくっついている方式なんだよね。
 昔はこういう突起物を製作中にすぐに折ってたけど、今回は折らなかったぞ!! 偉いぞ私!! これもハセガワ愛? 単に突起物愛か?

 こういう進歩が大事なんだよ。他人から見ると大したことないかもしれないけど。とても新鮮です。
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