つれづれプラモ製作記

自称飛行機モデラー・きららのプラモ製作とプラモの活動記録

2013年12月

富士百景

 間違いなく、2013年の私のキーワードは「富士山」だった。

 なんせ、静岡県に二度も行ったんだもの!! 今年はいろいろな富士に縁があったな。

 静岡ホビーショーで味見した富士山麓を最近飲んでいる。ハイボールで。
 ホビーショーの交流パーティで、これを飲んだ勢いで俊作様に近寄っていって・・・というのも楽しい思い出となった。
 「もう、ほかのメーカーのキットを作っちゃダメだよ」と言われてその場では少しムッとしたけど、まあ今にして思えば、そんなことを言っても許されるのは俊作様だけかもしれない。ほかのメーカーのどの人がそんなことを言っても、「けっ、このオヤジ何言ってやがる」と腹が立つけどさ。

 折り紙の富士山。

 世界遺産に登録されたせいか、富士山グッズをときどき見かける。
 文具屋さんに売っていた「富士山の折り紙」を作ってみた。
 富士山のカタチを折ることができる(折り紙そのものは普通の紙)

 山をふたつに開いて、中にメッセージを書いたりもできる、洒落た形をしている。なかなか気にいりました。
 シンプルで力強い形もいいね。日本人ならみんな、これ富士山だね、ってすぐにわかる形。

 先日の旅行では、焼津と静岡の間くらいから本物の富士山もついに見た。少し雲に隠れていたけれど、それもまたいいと思った。
 ホビーショーで行ったときにはいつも見るヒマなんてなかったので、これが静岡から見るはじめての富士山となった。

 私は古い町に隣接したところに住んでいるので、除夜の鐘がいくつも聞こえてくる。それぞれの音がさまざまで面白い。
 ここのとこ毎晩寝る前に「満州辺境紀行」(岡田和裕著/光人社NF文庫)を読んでいる。満州で日本がしてきたこと、満州の歴史、辛いことも多いけれどそこから目をそらせてはいけない歴史。
 私は何も知らなかったんだなあと思う。だから今から知ろうとしてる。

 2013年も、私のブログを読んでいただきありがとうございました。
 今この時代に生きて、プラモデルに出会い、あなたに出会えたことが私にとってはとてもうれしいことです。奇跡に等しいと思います。

 また来年も頑張って書いていきたいと思います。コメントやメールも遠慮なく、どんどん書いてくださいませ。

本屋に行ったり年の瀬

 2/1,2に、香川県高松市で飛行機模型の展示会があるので行ってみようかと思う。
 架空ものはいけない、と言うのでバルキリーは持って行けないし、そうなるとアパッチくらいしか持って行くものがない。何かもうひとつ作ろうかな、それも大きなものを。間に合わないかもしれないけど、やるだけやってみる。

 1/32のP-51Dムスタング。先日ひげオヤジさんに頂いたもの。

 部品のひとつひとつが大きくて、愉快痛快。最近72ばかり作ってたから、すごく巨大に思える。
 排気管の穴のエッジがだるい? 確かに・・・もう少し削ろう。
 それと座席の形がB,C型の形であることが判明。時間をかけるなら作り直したほうがいいと思うけど、今回はもういいや、少し削るだけの「なんちゃって座席」にしよう。

 このムスタングです。

 それにしてもムスタングの塗装の難しそうなこと・・・塗装図を見ながらビビり中。
 デカールをどうするかという問題もある。

 2/1までにはとても無理かなあ。

 作業部屋の掃除をしたらこんなものが出てきた。
 ほしい方にあげますけど。いらないかな?

「日本の傑作機」(小川利彦著/光人社NF文庫)も作業場の本棚で発見。
 九試単戦の解説があったよ。
 「三菱、中島で競作し、三菱の九試単戦が450km/hで中島に格段の差をつけた」と書いてある。
 この機体がのちの九六艦戦の原型になった・・・ということだから、流れとしては次は九六艦戦を作りたいところです。

 今日は自転車に乗って買い物に走り回っていたら、あちこちで洗車している男共が目についた。
 本屋に行くと、今度はその男共がノンビリ立ち読みをしていた。

 私は「東京人」(特集・米軍偵察機が撮ったTOKYO1944)を、さっと取り上げるとそのままレジに向かった・・・。
 あーっ私ってば格好いいね。しびれるほどに・・・←自分に酔っている

 次にスーパーへ行く。
 食品売り場で私と同年代の後姿のシブイ男を見つけ、気になったので商品を見てるフリをしながら観察。

 カートのそばで所在無げにしているので、たぶん妻を待っているのだろう。
 そっと見ている私のほうには全く気が付かない。それどころか、あらぬ方向を見ている。

 こないだは、新幹線の自由席で、美女(私のことね)が隣に座ったにもかかわらず隣のオッサンは眠りこけていたけど、本当に失礼な連中だ。それでいて、嫌なオッサンに限って私をじろじろ見たりするし。

 世の中うまくいかないものですね。
 そんなこんなで今年もあとわずか。残りの人生は、少ない可能性に賭けてみよう。

三菱九試単座戦闘機 完成(1/72 ファインモールド)

 モデルグラフィックスの付録(マガジンキット)の、三菱九試単座戦闘機が(一応)できたよ!!
 機番がないのが、ちょっぴり寂しいね。
 それにしても、今日も寒かった。ときどき雪の舞い散る天気なので、作業場の片づけなどしておりました。

 紙飛行機みたいな、繊細で可愛い飛行機だね。私の掌の中にすっぽり入ります。壊れちゃいそう。

 銀色はピカピカ光るので、写真を撮るのが難しい。

 どひゃー、右側の主翼と胴体のスキマひでぇなあ・・・あああ失敗。少し引っ張るようにして接着すればよかった。

 組み立てて色を塗っただけですけど、こういう飛行機もあったんだなと、勉強になりました。

 零戦以前の飛行機もいいもんだなー。
 尾翼の形が可愛いね。

 翼端灯を透明ランナーから削りだすのが、自分でもできるんだ!! ということが今回わかってうれしい。

 近くから見ると汚い工作です。

 何を見ていただきたいかというと、こんなキットだということを見てほしいんです。私の工作の下手さ加減は、笑って許してね。
 スミ入れはしたんだけど、色が薄すぎたせいか、あんまりわからない。

 ひゃー、主脚が内股になってるぅ。

 写真撮ると、色んなアラが山のように見えてくるよね・・・汗。

 もちろん、撮影したあとに、主脚の角度は直しましたよ。
 飛行機の脚の角度ってほんと大変。一度としてうまく接着できた試しがない。


 先日作った零戦22型(ハセガワ1/72)とツーショット。
 写真撮っていたら、頭の中でプレイヤーの「ベイビー・カム・バック」(1970年代のヒット曲)が聴こえてきた。

 「何を見ても、キミのことばかり考えてしまう。
 ベイビー戻ってきてくれよ、何もかもオレのせいにしてもいいから。
 キミなしでは生きていけない・・・」

 美しい飛行機は、あっというまに高く飛んでいってしまう。
 ひとり取り残されるのは哀れなモデラーのみ。

 ふぅ~。
 ・・・さて、次いきますか。その前にちょっとワインでも飲んで、心を慰めるとしよう。

ひこうき雲は銀色?

 二日間更新しなくてごめんなさい。毎日訪問していただいて、すみません。
 実は普段のバイトに加えて病院に行ったりしてました。水曜はなんと二時間以上待たされ・・・でも何か悪い病気だったら恐いでしょ。もし、余命一年と言われたりしたら、どうする!?
 そのときは、もう一度ハセガワに行ってこよう・・・←おい!!
 今日は結果を聞きに行ってきましたが、余命数十年、ただし来年はメンテナンスしなくちゃいけない。はぁ~やだなあ。

 九試単戦は、クリスマスにもどんどん作ってました。

 富士ウイング8の高井さんに、クリアを少し銀色に混ぜておくとよいと聞いたので、適当に少し混ぜてみた。こうすると、銀色の粒子のザラザラ感が少なくなるし、あとでクリアかけるよりも銀色が損なわれないらしい。銀色はクレオスのスーパーファインシルバー。

 銀塗装の下地は黒がいい、というのは先日ハセガワの戸部さんからも聞いた(他にも多数のモデラーから聞いたことあり)ので、今回はツヤ黒を下地にしています。

 空に~あこがれて~空をかけてゆく~♪ とか歌いながら塗装してたけど・・・こんなことやってるとたいてい失敗するんだよね、と思ってたら、ほーらやっぱり間違ってた。
 主翼両側先端の黒い部分の面積が違ってた。ええい、面倒だなぁ、もういいや・・・・いや、よくない!! やり直し。
 ここ、どうして黒く塗ってたんだろうね。

 カウリングも塗装したらいい感じ。

 デカール貼っちゃったよ。

 日の丸六枚と、プロペラの先端の二重線みたいなのを貼るだけ。
 あー、らくちん。いつもこれだけだったらいいのにな。

 補助翼を動かす留め具が無骨で面白いね。これなら接着も楽です。零戦のはこれがちっちゃくてすぐに飛んで行っちゃうんだよー。

 この飛行機は九試、とかいうくらいだから、試作機なのかな?←全然わかってない
 だからマーキングがこれだけしかないのかな?
 たぶんそうなんじゃないかと思う。飛行機の本がどっかいっちゃって、探すの面倒で・・・年末年始に部屋を片付けないといけないなあ。

 あとは、脚やピトー管を接着して、スミ入れしたら完成。
 それにしても寒くなってまいりましたね。

クリスマスイヴも作りますか?

 先日の旅の帰り、静岡駅にて。17:11発のひかりがもうすぐホームに入ってくるところ。静岡は真っ暗なのね~九州はまだ夕焼けの時間なのに。

 毎日通勤しているひとにはどうってことない景色でしょうけれど、私には美しい。

 帰りの新幹線の中で何を考えていたかというと、「やっぱりあの透明パーツをもう少し削ろう」(汗

 というわけで、もう一度透明パーツを削って磨いた。右側も削って整形・磨く。
 まあ、自分的には「だいたいこれでいいかな」という出来になりました。

 旅の途中で作業場を何度か見たせいか、今回は展示会などに行ったときよりも作りたい気持ちになっていた。

 プラグコードがフィットしてなくて、いまいち。やはり金属線のほうがよかったかな。

 とってしまうかも。というか、ドライブラシしてる間に二本くらい取れていった。

 ハセガワで、熊野筆の担当者から筆塗装についてまた少し教えてもらったので、「これもマーキングから全部筆で塗装してみようかな」とも思ったんだけど、結局、ほかに作りたいものはたくさんあるし、とりあえずこのキットはさっさとブラシ塗装で仕上げて次に行くことにした。

 全体を黒く吹いて・・・あっ、いかん、尾翼のあたりは赤かった←段取り悪すぎ
 慌てて、尾翼はピンクの下地にして、赤を吹いた。この赤は、日の丸用に調合してたやつ。少し黄色が入ってる。

 このあとマスキングして銀色を吹くんだけど、黒と赤のカラーリングも素敵だなあ。

 そして、旅はついに九州にたどり着く(12/10)。

 駅の外の連絡通路に出てびっくり。
 なんか、キラキラしてるよ!!

 どうしたんだ、これは一体・・・そっか、クリスマスなんだね。
 四日間、飛行機ばかり追いかけていて、まるで気が付かなかった。

 ひとり歩いていると、頭の中で「ラスト・クリスマス」が聴こえてきた。

風雪よじれ旅 その8(さらばDC-3)

 浜名湖畔にDC-3が置いてある、という情報を教えてくれたのは嘴頼さんだった。

 「映画に使った機体らしい・・・佐渡から運んできたとか」
 ああ、それなら例の「Sister Ann」だなと思った。なんか妙な縁があるなあ。

 映画「飛べダコタ」の収録のために、タイからAC-47を分解して日本に運び、佐渡で組み立てた、その機体である。詳しくは山本賢吾さんのサイトの『飛べダコタ』関係コンテンツ参照。
 山本さんは数年前に航空ファンに別のDC-3の機体について面白い記事を書いていて、それを今は亡き私のHPにて紹介したところ、山本さんからメールがあり・・・というわけである。

 「なんで一年で一番日没の早い時期に来たんだ」と嘴頼さんはブツブツ言いながらも、うれしそうに浜名湖畔にクルマを走らせてくれた。
 エアパーク見学後、12/8の夕暮れ。

 機首。

 現在は、個人の所有物となっていて、空き地のような草原(私有地)にポツンと置いてある。
 ただ、地面にちゃんと係留していないので、強い風が吹いたら舞い上がって壊れてしまうのではないか・・・と嘴頼さんは心配する。

 プロペラ。
 映画では不時着した機体を表現したので、曲げてある。

 航法灯っていうのかなぁ。
 綺麗ですね。

 夕陽を見つめるDC-3。

 風の吹きすさぶ中(それでも浜松にしては風の弱い日だったらしい)、夕陽を見つめながら、恐らくゆっくりと朽ち果てて行く運命のDC-3を見ていると、なんとも言えない気持ちがこみあげてくる。
 「20世紀の残像」。

 いずれにせよ、陽は沈むのだ。
 遅かれ早かれ、時の進むのを遅らせることはできない。

 九州よりずっと早い時間に沈む夕日を見ながら、浜名湖畔をあとにする。

 実はこの日の夜、一人で布団に入ってからもDC-3の姿が蘇ってきて、何ともたまらない気分でした。

 さて、長い間私の「よじれ旅」におつきあいくださいまして、ありがとうございました。ご覧のとおり、ヒコーキを堪能する旅でありました。
 自分でも「私ってこんなに飛行機が好きだったのかな」と帰りの新幹線の中でふと考え込んでしまった。

 そういえば、ハセガワでお昼を食べに行くため階段を下りていると
 専務「あ!!」
 私「えっ、何? どうしたんですか?(ドキドキ)」
 専務「いや・・・いつもと違う音だなぁと思って~」
 ちょうどそのとき、外を「ぐぉぉぉ」と航空機の排気音が(汗

 まぁそれはともかく、焼津のマグロは美味しかったです。

 最後になりましたが、今回の旅では色んな男共にお世話になりました。再度、御礼申し上げます。

 旅行前、各地の方々に私の日程を伝えると
 「じゃ、こことそこに行って、●●に泊まって朝は●時に起きて下着の色は●色で」と、たちどころに私の予定を立ててくれたのには驚き。 どうしてそんなに計画立てるのが上手なのか。というか、男って手順を考えるのが好きなのか。
 旅行に行ったのは私なんだけど、結局彼らの術中にハマっただけなのか。ううーむ。

 こんなことを考えているとまた、話が終わらなくなっちゃうので、このへんでお終いにしましょう。

 とにかく、貴方にお会いできてよかった。

風雪よじれ旅 その7(ハセガワ編)

 ついに、たどり着いた。あっ、屋上にマルヨンが見えてる。
 淡々と書いてるけど私、実は昨晩はよく眠れなかった。

 勢いでここまで来ちゃったけど、じゃあハセガワに行って何するの? どうすりゃいいの? 仕事しているところに厚かましく入っていって、ものすごく迷惑だよね?・・・ドキドキ。偉そうなこと言ってるけど、会社勤めの経験も満足になく(バイト程度)、社会に関わるということをあまりしたことのない私は、ようするに「世間知らずのオバハン」そのもの。

 気後れする気持ちがどんどん膨れ上がり、焼津に近づくにつれどんどん気持ちが重くなってくる。
 あんなに行きたくて仕方なかったのに。どうしてなんだろう。
 JR焼津駅でタクシーに乗って「プラモデル作ってるハセガワさんとこへお願いします」と言うと運転手は「ああ長谷川模型ね」と、すぐに連れて行ってくれた。
 メーターは一度も上がらなかったと思う、えっ、もう着いた!? 早すぎるぅ。

 でも私、今回来るにあたり、絶対に自分一人で行くことに決めていた。
 誰かに頼んで連れて行ってもらうことはしない。それだけを決めていた。
 単独行することに意味がある。何となくそんな気がした。

 今回のハセガワ訪問は、取材ではありません。
 会社に対しての訪問だから自動的に公式ってことになるのかもしれないけれど、お知り合いに会社を見せていただいた。そんなふうな訪問です。

 綺麗に掃除された玄関をええいままよ!!と入ってゆき、受付の女性に
 「おはようございます、あのあのあの・・・・専務と約束をしているのですが・・・・」
 「はい」と微笑んで私を促す女性社員の顔を見て、あっそうだと気が付き、慌てて自分の名前を告げる。

 そのまま、二階の会議室に通された。
 えっ、まるで本物のお客様みたい。どうしよう。冷や汗。
 数分もしないうちに長谷川専務が現れ、「こんなところで二人っきりになっていいのか状態」になるけど、たぶん専務も少々居心地悪かったのでしょう、すぐに腰をあげて「じゃ行きましょう」

 まず案内されたのは、ハセガワの見本製作をほとんど一人でこなしている戸部さんの工作室。
 ああ、この扉の向こうに入ることができたなんて。
 夢みたいです。

 ここまでやってくるまでの長い道のり・・・今回の旅、そしてこの数年のこと。
 2007年のJMC大阪会場に初めて見学に行き、何も知らないド素人が専務(当時は常務でした)に突撃インタビュー(汗、一応スケビに書きました)、あのとき会場に来ていた嘴頼さんやプラ子さんにも初めてお会いした。
 あれから・・・静岡ホビーショーやJMCで、専務をはじめハセガワの社員の方々ともお話するようになり、ご縁を感じるようになったこと。専務や社員の方々の人柄などに触れるにつけ、どんどんその魅力に虜になっていった。

 なぜ来たのかと言われると、変な答えと思われるかもしれないね、でもハセガワの人達は普段どんなところで仕事してるんだろう・・・と思ったんです。それを見てみたかった。

 戸部さんのデスク。つまり作業場。

 あんまり綺麗に片づけられているので思わず
 「残念~デカール貼ってるとこを見たかったです」と言うと、
 「ちょっと遅かったね、今朝ひとつ仕上げたんだけど」と見せてくれたのは、「モーレツ宇宙海賊弁天丸」の痛いデカール替え!?
 私よくわかんないアイテムですみません。

 たぶん私が来るのできれいに片づけてしまったのでしょう。
 テストショットが転がってたらもらってこようなんて甘い考えは、簡単に打ち砕かれた・・・

 工作室は結構広いスペースで、ここがどういう場所なのかは説明されなくてもわかる。たぶん、「見本を製作する人」はハセガワでも特別な人なんじゃないかと思う。

 呼ばれて部屋に入ってきた、熊野筆などツール担当の人と四人で話していると、何となくリラックスした気分になる。ついついタメ口をききそうな自分を抑える。
 戸部さんがこれまでに作った見本はすべて保管してあるそうです。この部屋だけでもものすごい数。
 写真の残骸は、零戦の破片。どのへんかわかるかな?

 持参した72のF-104J(フィンランドの架空塗装)を見てもらう。またまた冷や汗。でもハセガワに行くのだったら、作品持参しないわけにはいかないでしょ。
 「置いていってよ」と言われ、びっくり。「ホビーショーのときにでも持っていくからさ」と、戸部さんはこともなげに言うけれど・・・
 「あとでじっくり見させてもらうからさ~わはは!!」

 ああ~ますます冷や汗。恥ずかしいけど、せっかくなので置いていくことにした。

 スジ彫り復活はどうやってしているのですか、と聞くと見せてくれた道具。

 Pカッターを自分で削ったもののようです。
 ガイドはモデラーズの伸びるマスキングテープ(私も持ってるけど、ガイドとしては使ったことがない)。

 ちなみに、戸部さんが使っているからといって、ハセガワではみんなこの方法でやってるわけではなく、それぞれやり方は違うようです。
 金属の物差しなども使うそうです。あともちろん、金属のテンプレートも。
 カッターマットの古びた感じが、何気なしに貫禄。

 私「あのぅ、デカール貼るときは、手で貼るんですか?」
 戸部さん「手で貼らないで、どうやって貼るの!?」

 一同、爆笑・・・・
 私「だからその、手というか、指に水つけて動かしたりするんですか? ハセガワのインストにはそう書いてあるけど」
 戸部さん「そうだよ」
 いつも思うんだけど、上手な人は何でも簡単そうに説明するんだけど、こっちがそれをやろうとすると上手くいかないのはどうしてだ!?
 工作机など見ていたら、なんだか私も作業場が恋しくなってきた。おおっ、モデラーだねぇ。

 戸部さんの在庫。そんなの写真撮っちゃだめだよ、と言われたけど。

 職場に在庫があるって、面白い職場だよな~って思っちゃう。
 隣の部屋にも工作室があり、就業時間後の社員が、そこで好きなものを作ったりしているそうです。

 私が帰ろうとして別れの挨拶を告げたとき、戸部さんは零戦らしきものをいじっていた。何か遊んでいるようでした・・・

 専務の机。

 写真は撮っていませんが、設計や箱絵のデザインしたりデカール作ったりしているところも拝見しました。
 そして念願の、AH-64Dの設計者にもご挨拶しましたっ!!
 実は今年の静岡ホビーショーでもお会いしていたんですが、そのときはまだその人の設計したものを何も作っていなかったのです・・・。そしたらたまたま最近作ったアパッチがその方の設計したキットだったのです!!

 「パーツが多かったでしょう」と微笑みながら言われました。
 「確かに多かったけど、すごく達成感ありました。ローターのとことかすっごくよかったです!!」とお伝えしました。
 「ヘリはあまり売れないんでしょうか」とお聞きしますと
 「72は結構売れるのですけどね」ということでした。そういえば痛コブラとかも出てたよね。

 なんか風邪気味みたいで、今回も喉が痛そうでしたが・・・実はここだけの話、風邪気味の男ってセクシーなんだよね。ふふ。
 私、高校生の頃気が付いたんだけど、もうたまらないんです。ああ、ヤバイ。それに私、あなたの設計したアパッチを作りながら、イケナイことばかり考えていたんですぅ・・・なんて、頭の片隅で思い始めると、なんかますますヤバイっ!!
 周りの人は静かに仕事してるのに、ほんとにもう。

 お話した時間はほんの少しでしたが、お会いできてうれしかった。
 というわけで、また来なくちゃいけないな、と思った私でした。今度来たときは焼津に泊まって、それからぁ、うふふ・・・

 ほかにもいろいろ、美女にしか見せていただけないモノとか見せていただきまして(謎)、楽しい訪問は終わりました。

 それから、専務とお昼をご一緒させてもらいました(写真は専務の在庫・汗)。
 静岡ホビーショーでお弁当を一緒に食べるのとはまた違って、とっても楽しかったです。焼津のマグロですよ。

 私がまだ半分しか食べていないのに、専務はあっというまに全部食べてしまいました。
 「食べるの速くてすみません」←律儀に謝る専務

 いやいや、いいんです、私が遅いだけですから。その食べっぷりなら、ハセガワも安泰ですね。
 男はちゃんと食べないと、戦えないでしょ。

 何となく、はるばる九州から孫に会いに来たばあちゃん、みたいな気持ちになりました。
 「お前も、立派になったねぇ」なんて。

 女ってみんなそうかどうかわかりませんが、一緒に食べた相手が、どれだけ食べるか、どう食べるか、ということを結構観察してしまうものなのです。そんな何気ないことから色んなことがわかったりするんだよ。

 新製品のこととかハセガワの今後の展開とか、私には難しいことは何も聞けませんでした。
 ただ、ひとつだけ、そう「九州のばあちゃん」ですら気になってることはありました。
 JMCです。

 「開催時期は未定であるが、再開したいと思っている」

 ということでした。必ず再出発したいと言われました。
 それ聞いて、ばあちゃんは安心したよ。じゃあね、お前も元気でね。体に気を付けて・・・・・

 ・・・誰がばぁちゃんですかい!?

 というわけで、お忙しい中、私を快く迎えてくださったハセガワの方々に感謝いたします。
 素晴らしい思い出をいただきました。

風雪よじれ旅 その6(ハセガワのF-104J編)

 ついに、ここに来たよ。ハセガワ社屋上にたたずむF-104J 706号機

 静岡に泊まった朝、目覚めると、窓のところでパチパチ音がしている。何の音だろうと見てみると、すごい雨!! 時折、稲妻が走る・・・なんてこった。

 私の頭にいちばんに浮かんだのは、「屋上のマルヨンのとこに行けないやん!!」だった。

 テレビの天気予報を見ると、「雨のち晴れ」、じゃあ昼近くなって行ってみるか~ここまで来て焦ってもどうしようもないもんね・・・と布団にもぐりこむ。

 ところが、九時半ごろに魔法のように雨はあがり、雲が切れて青空が見えてきた。すごい展開。
 というわけで10時半頃、ハセガワについた頃には、空はこんなふうに晴れていたのです。

 ハセガワ屋上のF-104Jについては、モデルアートと電撃スケールモデラーから本が出ていて、その中に鮮明なディテール写真が多数掲載されているので、そちらがおすすめ。
 私の撮った下手写真はあまり参考にはなりませんが、興奮状態が伝われば幸いです。
 ここに立つのは長年の夢でした。ハセガワ×マルヨン×屋上っていう、その取り合わせがたまりません。

 こんなふうに土台に置いてあるので、50センチくらい高くなってるかなあ、そのせいで、お腹の下に入りやすいのがありがたい。
 このお腹の下のヒレみたいなパーツは、結構薄い。
 で、素材が違うので色が全然違う(変色したのかも)

 尾翼の下からのショット。焼け具合が面白い。
 左側に見える赤いモノは、排気管を塞いでいる板。

 こんな写真も撮り放題。
 でもね、写真撮るのもいいけど、見てるだけでいいんです。
 ほんとは、そばにいるだけで十分な気持ちでした。

 前脚収納庫のカバー。

 私もハセガワの1/72を作ったから、このパーツには見覚えあるぅ~
 っていうか、イモ付けなので、すぐに取れるよぅ~

 だが、実機も結構イモ付けなのだった。

 ハッチはすべて戸部さんが開けてくれた。
 専務「戸部さんじゃないと開け方がわかんないんだよね(笑)」とのこと。

 戸部さんの手つきを見ていると、大切に扱ってる感じがして、それがまたイイんだな。
 この機体は、自衛隊から「借りている」ので、年に一度、自衛隊がチェックに訪れるそうです。

 民間の会社なら、「まぁハセガワさんとこはマルヨンのキットも作ってることだし、一機あげるね」ってなことになるんでしょうけど、自衛隊はそういうわけにいかないんだろうなあ。

 この部分は、機首の機銃の弾薬を入れる部分。

 主脚庫のぐちゃぐちゃしたディテール。

 機体を高いところに置いているせいで、私の背丈だとちょうど立ったままこの中に入れる。
 ああ、私、脚庫の中に入ってるんだ・・・感激・・・

 でもあちこち見てたら頭を「ガーン」。いてて・・・

 神秘的~、お腹の下のハッチを開けて、中身を見せてくれた。

 本来ならばエンジンが入っている部分。この機体にはエンジンはないから、そのぶん、こういう空洞を見ることができる。
 左奥の「×」が書いてある部分が、排気管の穴をふさいでいる部分。

 ただし、この写真も、モデルアートの本にもっといい写真がありますよ。

 これは、同じ場所から前方のインテーク内部をのぞいた写真。

 左右インテークがひとつにつながって、エンジンに空気を送り込んでいるわけですね?
 おおっ、すげ~~~
 内側ってこんなふうになってんだ~

 では、いよいよ、コクピットに登る。見てください。この青空。神様のプレゼントだよね。
 そしてもっとすごいのは、私のために、私だけのために、長谷川専務と戸部さん(ハセガワの見本をほぼすべて作っている人)と、熊野筆の担当者と、三人の男共がハッチを開けてくれたり説明してくれたりしたのである!! どうだどうだ!!

 コクピットに登るのは階段ではなく、ハシゴ式になっている(一枚目の写真参照)。
 上にも書いたけどすこし高いところに置いてあるので、かなりの高さがある。昨日のセイバーよりもっと高いし恐いよぅ。
 後ろから戸部さんが
 「大丈夫。落ちたら受け止めてあげるから」と声をかけてくれる。

 一瞬、わざと落ちて戸部さんの腕の中に・・・とアホなことが頭をよぎったけど、やめました。

 計器盤
 あ、私の顔が写ってる・・・すみません。

 一番左下の計器は時計で、戸部さんがネジを何度か回すと「かちかちかち」と動き出した。

 ペダル

 操縦桿。いつも操縦桿を見ると、私なんぞが触っていいのかなあと、気後れしてしまう。

 前方はこんな感じ。視界はあんまりよくないかも。

 前方の三枚はガラス製のようです、昨日のセイバーもそうだったけど。
 丸い風防部分は、ポリカーボネイト(だったっけ・汗)

 コクピットに収まった私。

 とにかくもう、夢みたいで、ホワ~ンとしてた。

 すると、戸部さんがいきなり、「閉めるよ」と言いながらキャノピーをガチャンと閉めるではありませんか!!
 えっ、えっ、一体何するの? 私閉じ込められちゃう!?

 キャノピーを閉じるとあんまり外の音も聞こえない。孤独な空間・・・・
 まさかこのまま・・・足場を外してどっか行っちゃわないよね? ドキドキ。

 少し怖くなってきてたつもりなんだけど、「きららさん、中でほほえんでたから、すごいなぁって専務と話してたんですよ」とあとで聞きました。私ニコニコしてた?
 頭が少しおかしくなってたのかもしれないね。

 ハセガワ社屋の三階からこの屋上にすぐ出られるようになっています。三階には設計の人などが仕事してました。
 本当に仕事してるすぐそばに、マルヨンが鎮座してるってことなんですよね。うーむ。

 「このライン・・・一度くびれてから膨らんでるでしょ、そこがいいって、よく言われますね、フフフ」と、戸部さん。
 「言われる」って、三人称にしたりして、男ってずるーい。私だって、マルヨンなんかに負けないもん←そこかい

 私の下手写真でもすこしは伝わるとは思いますが、やっぱり実機は是非一度見ていただきたい・・・自分の目で見たら余計「ぞくぞく」しちゃうと思う。

 あと、写真がないけど、主翼前縁はものすごく薄くてカバーを取り付けていました。実際、整備の人が頭をざっくり切ってしまったりする事故があったからだそうです。こういうことも知識としては皆様もご存じだとは思いますが、本物見ると、「おおっ~」って感動します。

 専務「こんなに長い時間、マルヨンに食いついてる女性は初めて見たなぁ」
 なにそれ、失礼な発言!! なんか不服なことでも・・・
 そういえば、専務の写真を撮るのなんかまったく忘れてた(汗)。それで妬いていたのでしょうか。

 明日に続く。

風雪よじれ旅 その5(袖浦公園のセイバーと嘴頼さん宅)

 よじれ旅が、どんどんよじれて、終わりが見えなくなっている(汗
 最終目的地について書くとか言いながら、やっぱり途中に出会った飛行機達のことを書く。

 嘴頼さんは、時間の許す限り、できる限りたくさんの飛行機を私に見せてくれた。
 これは、静岡県磐田市の田園風景の中の小さな公園にポツンと立っているF-86F。

 帰ってからネットで調べると袖浦公園という名前だった。陸軍明野学校の分校?の遺構が残っている。

 日曜だというのに公園には人影もなく、セイバー独り占め状態ですよ。

 普段なら歓喜の声を上げてキャーキャー言ってるとこだけど、なんせこの二日間で飛行機を嫌と言うほど見てきたからもう感覚がマヒしてる。

 機体の横に階段が置いてあって、コクピットも見られる(キャノピーが曇っててあまりよく見えないけど)し、こんなアングルの撮影もできちゃうよ。

 危険だから乗らないでください、とか書いてあるけど・・・

 「いいからいいから、誰も見てないんだから早く上に乗っちまえ、こんなこと滅多にできねぇぞ」と嘴頼さんはしきりに私を煽るけど、私、高い所苦手・・・汗
 足をそっと胴体に乗せてみたけど、やっぱ恐いよぅ~!! 胴体丸いもん~!!

 残念。胴体に跨ってセクシーポーズをキメてみたかった。

 写真向こうに、大戦中の遺構が見える。

 上から見ると、こんな写真が撮れるのがうれしい。

 たとえばこんなディテールひとつとっても、実機を観察すると面白い。

 「ほら、ここを見ろ」と嘴頼さんに言われてみるとパイロン、左右のカーブが違ってる。

 そっかー、これが揺れ止めかー。
 よくディテールアップするときに作るとこだよね。

 落下タンクのフィンは分厚いなー。

 山の中に住んでるから、海を見たことないだろ?と言って連れて行ってくれた海岸。遠州灘をのぞむ。
 左手遠くに見えるのは、原発のある御前崎。そしてその向こうは焼津なんだ。

 海岸線がまっすぐ、というのが私には珍しい。雄大だなあ。

 しかし・・・嘴頼さんと二人で海を眺めるなんて、まさか本当にそんなことがあるなんて、思いもよりませんでしたよ。人生って何があるかわからない。

 この後、浜松に戻り、嘴頼さんのお宅を訪問。

 奥様が出してくれたお茶の美味しいこと!!
 こんな美味しいお茶は生まれて初めて飲んだ。この一口で寿命が一週間は伸びた気がする。
 いつも思うけど静岡県のお茶って九州のと全然違うんだよね。もちろん茶葉の種類もあるだろうけど製造方法が違うんじゃないかと思う。
 嘴頼さんが「九州に旅行したら、お茶が不味くて閉口した」と文句言ってたけど、いや、このお茶を飲んだら納得。ま、九州の悪口もそれくらいなら許してあげましょう。

 嘴頼さんの作業場にあった道具。
 こんな道具だけで、あのすごい作品が生み出されたのかと思うと・・・驚き。

 キャノピー絞りの道具。

 目の前で、絞っているのを見せてもらった。
 型の作り方、絞り方など、教えていただいた。
 型を作るのが私には難しそう・・・「難しくなんかないさ、やってごらん」と言って、材料を下さった(汗
 ひゃー、すごいことになってきたなぁもう。

 資料を収めている本棚は手作り。ファイルが取り出しやすい寸法になっている。

 資料の整理の仕方を教わった。
 嘴頼さんは、雑誌を切り抜いてファイルしている。主なものは機体別、それ以外は国別、のようだ。
 資料の「どこかに載ってたよなぁ~」と探す時間もバカにならない。時間もそうだし、精神的にも疲れるよね。

 パソコンの中身も、まず機体製造国別に分けて、そこから機体別に分け、あとは「コクピット」「主翼」「尾翼」等、写ってる部分でわけて、ディテール写真(自分で撮ったものもネットで拾ったものも)を収納していた。
 こうしておくと、たとえばF-86Dの主翼の写真はなかったっけ・・・と思ったら、すぐに探せるというわけです。

 あ、それと本や雑誌の写真を取り込むときは、スキャナじゃなくて写真が手取り速いという話もしてました。
 いつか静岡で教えてもらった方法だけど、本に付箋なんかつけてるだけじゃ、その都度ページを繰らないといけないので時間かかるけど、そのとき作ってる機体のディテール写真は一度写真撮って取り込んでまとめておくと、すぐに見られる・・・そんな時短方法もありました。

 私の下手な説明ではうまく伝わらないよね・・・きちんとやり方をご紹介するといいのかなあ。

 嘴頼さんの作品群。
 見たかったのに、「そんなの見なくていいんだよ」と見せてくれない。

 実はご存じの方も多いと思いますが、嘴頼さんはJMCのグランドマスターです。私みたいなニワカと違って、昔からのハセガワファンです。
 しかし数年前に、事故で手の自由を奪われ、現在は細かい作業はできない状態になっています。

 でも、二日間、色んな話を聞いていると、この人には「諦める」という言葉はないんだなあと思います。
 諦めたり、後ろを振り向くということはなくて、いつも前に進むことを(進む方法を)考えている。
 きっと模型製作もそんなふうになさってたんだと思います。

 それどころか今も、私たちに模型技術から飛行機の知識まで色々と(必要以上に)教えてくださることで、間接的に新しい模型を作っているんですよね。このバイタリティや前向きのパワーはどこから出てくるのか。知識以上に教わることは大きかったです。

 この後、浜松駅まで送ってくれました。
 大きすぎる思い出を胸に、そして私にはまだ行くべきところがある。

 ・・・・ありゃ、乗車券がないぞっ!! 静岡までの通しで買ってたのに。新幹線の特急券はあるけど。
 くくぅ、1280円の散財だけどまぁいいか。嘴頼さんには「静岡までなら在来線で行きゃいいのに」と言われたけど、いいのだ新幹線に乗りたいんだ私は。

 夕方の新幹線に乗ると、出張帰りのお父さんたちで座席はいっぱい、どことなく疲れた空気が淀んでいて、何となくホッとするのだった。
 そういえばこの三日間、オッサンとしか話をしてないなあ。
 旅はもう少し続く。

風雪よじれ旅 その4(空自浜松基地編)

 さて、次の日12/9は、いよいよ浜松基地見学!! ずいぶん以前から来てみたいと思ってたけれど、なんせ昨日はエアーパーク今日は基地見学・・・その合間にあちこちの飛行機見て・・・と、いよいよ旅も三日目突入、頭の中は大変なことになってます。

 浜松基地では、一か月以上前に人数名前等を申込み、広報担当官がその日の見学可能セクションを選んで見学コースを組み立てる(だから、そのときによって見学可能な機種等は限られます)
 今回は、問い合わせ・申し込みなどを嘴頼さんにすべてやっていただきました。私は単に連れて行ってもらっただけ。もう一人、嘴頼さんの友人モデラーと三人での見学です。

 基地の正門の歩哨や受付のお兄様方に「写真撮らせてください」と話しかけたのですが、何となく愚息を思い出してしまった。すがすがしく、キビキビしている。体育会系といいますか。ぶっきらぼうだけど、心は優しいんだよ。

 受付の建物の前に止まっていた軽装甲機動車。ツヤ消しにウォッシング。格好ええ~

 かなりの寒さを覚悟してきたけど、風もなく穏やかな日で、まずまずのコンディション。
 使い捨てカイロを持ってきたけど、使わずにすんだ。

 緊張気味の私と違って、爺・・・もとい、おじさま二人は百戦錬磨のツワモノ、すでにもう浜松基地なんか自分の庭だと思ってるらしい。

 私達を案内してくれたのは、女性自衛官。小柄で感じのいい、アラフォーくらいの人でした。

 オッサン二人のターゲットになるとも知らず、きびきびとした態度で私たち三人をクルマで滑走路の向こうにある管制塔のあたりまで連れて行ってくれた。写真撮影してよいポイントは「指示します」とのこと。その言い方に何となく緊張する。
 私に助手席に座るように言われたのは、もし助手席にオッサンを乗せるといきなり襲ってくる場合があるからかな。
 テロリストとか、物騒な人間が入ってくる可能性もあるからね。

 クルマの中で本日の予定を説明してくれるのを聞きながら、早くもオッサン二人は「自衛隊の隊員食堂でカレーを食べたい」と無理難題をふっかける。
 彼女は「私では判断しかねます」と、さすが自衛隊らしい大げさな返答(その後、カレーは無理ということが判明。オッサンがっくり)。

 滑走路のそばにたどり着くと、次から次にT-4が離陸していく。早い早い。訓練ですものね、見世物じゃあないんだから。
 二機一組になって、どんどん離陸していく。私のカメラではこれくらいが限度。

 写真では爆音が聴こえないのが残念です。

 一機だけ飛ばない機体。

 たぶん機体に異常があるか何かなんでしょう。取り残されています。

 こういうのも、逆に臨場感あります。

 滑走路の隅っこに、ガルフストリーム?がエンジンをかけて待機している。

 「どうして飛行機はエンジンかけても長い間飛ばないんですか」
 と、嘴頼さんに聞くと、「すぐに飛べるわけないだろう、いろいろチェックしてるんだよ」
 との答え。そっかー。

 あれに乗ってみたいよなぁ~と三人ため息をつく。

 こちらは、先に飛び立った機体が戻ってきてから、飛ぶらしい。

 こういうところでの写真撮影は、望遠レンズがないとどうしようもないね。
 正面遠くにAWACSが駐機してるのが見えたけど、撮影禁止でした。

 この牽引車のお兄さんは、牽引車を引っ張る訓練? を一人黙々とやっていた。
 こんなふうに、普段の基地での訓練の様子を垣間見られるのが、うれしい。

 航空祭もいいけど、基地見学もおすすめです。

 手前のクルマは、「フォローミージープ」(ジープじゃないけど)。

 見ていると、ガルフストリームが離陸したり、U-125(救難機)がタッチアンドゴーをしたり(しびれるくらい、かっちょよかった。生まれて初めて見たタッチアンドゴー。速い速度で降りてきたと思ったら、そのまま速度を上げて飛び立っていくの)、そのあとからU-125の相棒だと思われるSH-60Jが飛んで来たり、C-130が頭のすぐ上を飛んで行ったり・・・結構忙しい。

 オッサン二人は、女性自衛官を口説くのに忙しい(汗
 「昔ねぇ、この基地は陸軍の航空隊があって、九七重爆がいたんだよ~」
 ・・・なんか歴史の授業が始まってる(汗

 こちらは外来機。

 さっきのフォローミージープは、この機体を先導していた。
 ああっ、増槽を両翼にぶら下げてる!! 遠くから来たからだね!!

 こんなことでも感激する私。だってさーだってさー、ホンモノなんだもん。

 この後、隣接する史料館(撮影禁止)で、浜松基地の歴史をひも解く。飛行機のプロペラなどの残骸や寄贈されたソリッドモデルなどもずらりと並んでいて、結構見応えありました。

 爆撃機で敵飛行場に強行着陸して殴り込みをかける、という無茶苦茶な「特攻」もあったんですね。私は恥ずかしながら知りませんでした。なんと言っていいかわからないくらい悲しい歴史です。
 帰りのクルマの中で嘴頼さん、「日本人の体質は、戦後もちっとも変わっていないね」
 私「そうですよ、現場見殺しですよ!!」

 さて、さすが自衛隊の広報官、オッサン二人の時代遅れの機関銃などひらりひらりと軽くかわして「勉強させていただきました」と礼儀正しい。私も見習わなくちゃ。
 史料館のあとは、いよいよ格納庫へ。今日は、F-15とT-4を見せてもらった。

 整備風景、というよりは整備の実習? だと思います。浜松は教育隊だから。

 これは、脚をいっぱいに伸ばしている状態ですよね?

 この線から向こうには入らないでください、と言われていたので、少し離れて撮りました。

 実際に実習中でしたからね。でも、とてもリアルでした。
 正直、F-15を作ろうという気持ちはないので、いまいち写真の撮り方に身が入ってませんが。

 可愛いT-4と私。
 何? 邪魔? すみません・・・

 T-4は近くで撮影できました。
 私やっぱりブルーインパルスの塗装より、こっちのが好きだなあ。
 機首の丸みを帯びたラインがとっても可愛いね。

 きれいなスジ彫!?でしょ。ハセガワのキットみたいだよね。

 ここは主翼の付け根ですが、角張ってる。面白いね。

 正直言って、T-4はそれほど興味がある機体ではないと思っていたけれど、こうやって実際に見ると写真で見ているときとは違う、ナマの飛行機しか持っていない良さを感じて、興味が出てきました。

 音楽でいえば、CDやテレビだけで聴いてるのと、ライブとの違いといいますか・・・ただ、私は、資料としてだけ実機を見てるんじゃないんです。模型作りのために見てる、というそのことだけじゃなくて、たんに自分の人生を楽しませてくれるものとして、見せていただけるものはなんでも見てやろう、というか。
 大雑把な言い方すると「格好いいものはなんでも見たい」
 それだけです。

 エアーパークや浜松基地で撮った写真はもう少しありますので「アレのアノ部分の写真を見たい」というのがあればご連絡ください。もしかすると写真撮ってるかもしれません。全部ご紹介するのは時間的にも体力的にも無理なので、駆け足でのご紹介になりました。

 ほかにも連れて行ってもらって見た機体の話は後回しにして、明日は最終目的地のご紹介をしましょう。
 ふふふ、あっと驚く場所に行ってきたのだぞ。


 
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