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 今年もまた、このバカ製作記にお越しくださいましてありがとうございます。今年もアホ話に一層の磨きをかけていきたいですがあんまり磨くのは得意じゃないので曇ったままかもしれませんが、そこは大目に見てください。

 今年も一人で大原八幡神社に参拝。楽しみにしてたおみくじは、なんと!! 大吉!! 初めてじゃないかな。「願い事・・・叶う」「待ち人・・・来る。連れがある」おおっ、誰が来てくれるんやろ!? しかも誰かを連れてきてくれるなんて(感涙←もう喜んでる

 最近気が付いたんだけど、鳥居や灯篭や狛犬など、神社に置いてある石造物には、必ず作った年月日と寄進した人の名前などが彫り付けてある。それを見て歩くのが最近の楽しみ。
 たとえば、この狛犬なんかは・・・・

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 天保四年、と読める。本当かな?←疑うなよ それ江戸時代でしょ? へええー

 この神社は創建は中世、現在の場所に移築されたのは江戸時代の初め頃、ということで、ここらでは最も古く大きな神社。だから、田舎とはいえ、参拝客であふれかえっている。そういうにぎわいは苦手なので、すぐに裏手の寂しい道に進路を取る。

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 いきなり誰もいない(汗
 ここは、ときどき来たい場所なんだけど、なんせ正月でもこんな感じ。最近多いでしょ? 一人歩きの女性が殺される・・・とか。ほんとねえ、「もののけ」はちっとも怖くないんだけど、変質者みたいのが出てくると怖い。いや実際、背中に「あたしゃ若い女じゃありません」と書いて貼って歩いたらどうかなと思うんだけど。頭のおかしな人として通報されたら余計恥ずかしいか。

 しかし、絶対何かいるよね、こういうところには。もののけ、というか、人ではない何かが。
 風が吹くと、大きな木が「ざわざわざわ~っ」とすごい音をたてる。でもそれが気持ちいいんだよね。

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 鳥居には、「一億一心」「八紘一宇」の文字が。裏をみると昭和16年か17年だった(すみません裏側の写真撮ってない)

 戦争のあったころ、戦勝祈願だろうか、神社がもてはやされたんだろうね。もう少し前に生まれたら、私もこういうところで息子の無事を祈っていたかもしれない。
 半藤一利「語り継ぐこの国のかたち」(大和書房)読みました? ひとりひとりが、何を残して、何を語り継いでいくべきか考える、それが大事なことなんじゃないかな・・・と思った次第。
 よく戦争体験者の手記やインタビューで「戦争でこんなにひどい体験をした、だから二度と戦争はしちゃいけない」という結論がありますが、じゃあ、そのためにはどうしたらいいの!? 私はそこを知りたい。国が戦争やろうよって流れになったとき、私らが「はんたーい」とか言ったって、それで戦争回避できるのか? 無理なんじゃね? というか、「はんたーい」と言える勇気があるか? すごく不安だよ。

 どうすりゃいいかよくわかんないけど、やはり地道に戦争のことを知らないといけないし、それにはまずはプラモデルなど作ってみるのが一番だと思うんだよね。ひとつのすごくわかりやすい入口として。草の根活動ですよ。展示会で歴史を解説する展示をしたりしてね。若い人はどうせわからんだろうとか、決めつけずにね・・・。

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 上り坂をあがっていって、たどりついたところには・・・すでに、お社の建物はなく、礎石のみが残って、一番奥にご神体?が祀られていた。

 なんだか現代アートみたい。不思議な空間だ。しかし・・鳥居をくぐった瞬間、神様の領域なんだなあと納得する。

 ちょっと見ると寂れた姿ですが、よく考えたら、本当の廃墟なら草ぼうぼうのはず。きちんと手入れされてるんだね。照明も置かれていて、昨晩から今朝にかけては、参拝する人もあったのだろう。

 何かが「ある」よりも、あったはずの何かが「なくなってる」状態のほうが私は好きなんです。

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 神社の入り口付近。ありふれた風景だけど、よく見ると、さまざまな石造物が見られるね。

 石垣は、きちっとした切込ハギという手法で積まれ、安永何年奉納とかいう文字が刻まれていた。江戸時代後期? 灯篭の中ほどの濃いグレーの部分は古そうな石だね。その上はコンクリートで作り直したのかな? 鳥居は、いろんな年代のものが見られたよ、江戸時代のは石で戦中のものはコンクリートかな。さまざまな石が使われてるのが面白い。
 そう思って観察してると、今まで見てたのとは違う風景に見えてくるから楽しい。

 日本は木の文化なんて言うけど、けっこう石も使われてるんだよね。ただ、湿度のせいか日本の石は苔むして湿っぽい感じがする。まあそれが風土文化ってことか。

 さて明日からは模型つくりを始めようと思います。とか言いながら、我慢できずにしちゃうかも
・・・今夜。