つれづれプラモ製作記

自称飛行機モデラー・きららのプラモ製作とプラモの活動記録

予科練(1/72エアフィックス九七艦攻製作記)

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 九七艦攻のエンジン。左が栄で、右が光。どちらも中島製品である。なぜ中島が栄を作ることになったか、というのは吉村昭「零式戦闘機」に書いてあったんだけど、すぐ忘れる。あーダメだこりゃ。

 そういえば話がそれますが、先日読んだ本に零戦のことをゼロ戦と書いてあって、違和感を感じた。発音したらどちらも「ぜろせん」なんだけど、ゼロではなく零だと思う。零式だもんね。
 また、ほかの本に「kamikaze attack」と書いてあった。そりゃ外国ではそう言われているだろうけど、日本語の本にわざわざそんなこと書くか!? 
 などと、表記が気になるお年頃。

 ご覧のように、9気筒の光のほうが直径が大きい。だからカウリングが太くなってしまい視界が悪くなった、と「図解・軍用機シリーズ14 九七艦攻/天山」に書いてあった。
 光は良いエンジンだったようですが、パワーを大きくして、コンパクトにするためには、複列にしたほうがよかったのかな?
 この後ろにつける排気管に穴を開けた。別に穴開けなくて黒く塗装するだけでもよい気もしたけど。一応儀式的に。雰囲気がハセガワとはなんとなく違うなあと思う。

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 いつもの柔らかめの鉛板みたいなやつで、なんちゃってシートベルトを作った。資料がほとんどないので、いい加減。

 ふと思い立って、12型は操縦員を乗せてみようかと思う。
 ・・・・あっ、両方にシートベルトつけた後だった。あーあ。計画性ゼロですな。こういう無駄が多い。しかし人形乗せたりしてたらまた時間かかるなあ。これで間に合うんかなあ。

予科練

 私の父のアルバムに貼ってあった写真。昭和19年。
 「予科練へ征く先輩を囲んで」とある。父は中学二年生、先輩は三年か四年か。

 先日帰省した息子と、このアルバムを一緒に見た。

 息子「まだ15歳くらいで戦争に行ってたんだよね? 「永遠の0」に出てきた」
 私「そう、15とか16とか。たぶんこの写真の先輩もそれくらいの年齢だろうね」

 夜更け、息子と予科練の話なんかしていたら不思議な気がしてきた。生まれる時代が違っていたら予科練に入る息子を見送っていたかもしれない。そんなことをふっと思ったので、珍しく九七艦攻に搭乗員を乗せようかなと思ったんだよね。

 昭和19年だから、甲飛14か15期だろう。もう乗る飛行機がなかった時期。飛行場作りに駆り出されたのか、それとも・・・。無事郷里に帰ってきたのだろうか。

 「若い血潮の 予科練の 七つボタンは 桜に錨」 (「若鷲の歌」よく父が歌ってました)

面白い分割(1/72エアフィックス九七艦攻製作記)

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 Su-33と交互にこちらも作っています。どちらも焦ってるんだよね・・・こちらは来月の銀翼会に間に合わせたい。

 ごらんのとおり、片方は主翼折り畳み状態で作ろうとしている。切り離す場所はちゃんとわかりやすいモールドになっているので簡単だった。「職人気質」というノコで切り離した。

 切り離したほうが11型になる予定。翼折り畳み、キャノピー最後部を開けた状態にしようと思っている。このキットみたいな折り畳み状態を再現できるキットじゃないとわざわざ折り畳みしようとは思わないけどね。まるで48のキットかと思うような作りで、コクピットもなかなかカッチョいいでしょ? ただしどうなってるのかよくわからないので、あとはシートベルトをでっちあげるだけ。

インスト1

 なかなか面白い分割だよね。(主翼にコクピットが乗ってる)。
 なるほどなあ、よく考えたものだなあと思う。

 初めて飛行機作ったとき、コクピットを胴体の片方にくっつけて、それをさらにもう一方の胴体とくっつける・・・という段階で心が折れそうだった。あの段階で飛行機嫌いになりそうだった。
 あれは初心者には何より難しい部分だよね。今でもそうだけど(汗

 しかし、ほんとにインスト通りに上手くいくものか?
 つい疑ってしまう。悲しい女のサガよね。そんなうまくいくわけないんだもの。
 今まで、さんざん騙されてきたからね、簡単に信用できなくなってる。

空

 数日前の夕暮れ。天使の梯子。

 月曜の午後四時過ぎ、「あーだるいなぁー晩御飯どうしようかな」と思いながらゴロゴロしていると、メール着信。誰かねえ・・・ややっ、息子「今から帰る」!? 東京から今から帰るって、いったい何時になるんかい!?(汗
 結局夜中にこちらに着きましたが、そのために、昨日と今日はずっと息子とおしゃべりと、ご飯作り・・・息子となら、際限なくしゃべることがあるのが不思議。話題が尽きない。

 実は盆にも帰省したから、まだ一か月くらいしかたっていない。冬になって帰ってほしかったけど、なんか有給休暇を消化するためとか。ほかに行くとこがないんだろうけど、帰ってきてくれるのは、ま、うれしい。ただし模型も作れないのがちと寂しい←おい!!

黒くなれば(1/72ハセガワ Su-33フランカー製作記)

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 全体を黒く塗装した。クレオスのウィノーブラックという黒です。GXというシリーズで、塗膜が強い、隠ぺい力が強い、というのが売り文句。クールホワイトは愛用しています。

 筋彫り? それなんのことですか? 機首の消えた筋彫りのことは考えない。

 実は、ここだけの話、これまでのところあんまり魅力的なカタチに思えなかった。普段は、最初大して乗り気でなくても、組み立ててカタチがわかってくると「おお、なかなか格好いいやん」ってなるんだけど、これは・・・なんか物足りない。

 しかしいや待てよ黒く塗ったらどうだろうと思って、黒くしたら少しはマシになった。
 やはり黒い飛行機は格好いいね。で、ここからの塗装なんですが、やはり初心貫徹!!で架空塗装してみようかな。いちかばちか。だってさーこのまま普通の塗装じゃ面白くもなんともない、一応コンテスト参加だもん。

蠅の帝国
 「蠅の帝国~軍医たちの黙示録」(帚木蓬生著/新潮文庫)

 軍医の話というと、エグい話があるんじゃないかと思って少しビビりながら読んだけど、実はそういう話はほとんどなくて、むしろ悲惨でありながらも、しみじみと味わい深い話が多かった。そこは作者の筆によるものだろうか。
 実際に軍医たちの書き残した記録(自叙伝)などを集め、小説という形で書いている。ノンフィクションにすることはできない種類の話ということ(20年をかけて世に送り出された著者のライフワーク)

 昨日の辺見じゅんさんの本はシベリア抑留でしたが、どれも「あの戦争」のひとつの姿であって、私たちが伝えていくべき事実だよね。ものすごく小さな力だけれど、モデラーも展示会で当時の飛行機を伝えていけるかなあと、そんなことを思っている。

 それにしても、どれもみな、色んな人間が出てくるけれど、日本人は頑張ったと思う。えらいよ。つまらぬ人間・責任を取らない人間ももちろんいるけど(特攻隊を送り出して「自分もあとから続く」などとほざきながらのうのうと戦後を生きた人とか)、ほとんどは信じられないような時代を懸命に生きたんだよね。どうしてそんなに頑張れたんだろう。
 尊敬の念と日本人ってすごいなという気持ちとともに・・・日本ってなんだろう、日本人って何だろう。もっともっと知りたくなる。

気のせいでしょうか(1/72ハセガワSu-33フランカー製作記)

作業部屋

 灼熱の夏の暑さは不思議と遠のいて、それなのに体はだるい
 エアコンもつけたのに。爆買いしたキットは山のように積みあがってるのに。時間はいくらでもあるのに。
 模型作りはなんとなく面倒くさい。そう思いながら数日が過ぎた

 ふと思い立って、模型部屋に行って座ると、何故だか落ち着いた

 気のせいでしょうか
 いいえ誰でも

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 ちょっと父の病院に行ったりして、三日くらい模型から遠ざかっていた。それになんかここ三日くらい蒸し暑い。しばらく来週も暑いらしく、ウンザリする。

 でも頑張ってもう一度だけ・・・と盛ったパテにペーパーをかけてサフを吹いたところ。ハセガワの繊細な筋彫りとかそういうの、もうどうでもよくなってる(汗
 とりあえず、これでいいや。もちろん筋彫りはあとからやります。

 あとは色をどうするか決まったら一気に塗装だ!!

本
 「収容所から来た遺書」(辺見じゅん著/文春文庫)

 これはすごい本です。「悪名高き強制収容所に屈しなかった男たちのしたたかな知性と人間性を発掘した大宅賞受賞の感動の傑作」(文庫裏の説明より)

 極限状態でひとが人間性を失わずにいられる方法は何だったと思いますか。
 文章の力、言葉のちからだったんです。やっぱり文学の力ってすごいね。感じる力というか。なんだか救われる気がした。

 内容は衝撃的ではあるんだけど、やたらと涙なんか出なかった。むしろ何かその壮大な物語(もちろんノンフィクションなんだけど、物語という言葉を使いたい)に心打たれてひたすらページをめくった。(辺見じゅんさんは、あの「男たちの大和」の原作者)

 読んでいて改めて日本人であることを誇りに思った。よい本でした。

 昨日はジュンク堂と紀伊国屋書店をはしごして本を探していたら、ものすごく疲れてフラフラになった。でも喫茶店に入るのは我慢して、コンビニのコーヒーを買って「ゆふ」に乗車して、読みかけの文庫を開く。そのときの、幸せといったらないね!! 久々に、はやく続きを読みたいと切に思う本を読んだ(行きに半分読んで、帰りに残り半分を読んだ)

 「この道や 行く人なしに 秋の暮れ」(芭蕉)

 行く人がないなら、自分が行ってみようか。どこまでか、行けるところまで。

放電策(ハセガワ1/72Su-33フランカー製作記)

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 尾翼とカナードを装着。それとエンジン下のヒレみたいなやつも。あれはなんていうんだろう、ジェット機にはよくついてるよね。確かT-4にもあったしミラージュF.1Cにもあった。

 角度ってこれでいいのかな。不安。ま、ここはハセガワを信じることにしよう。
 例によって少し冷たいインスト娘が登場する。

 飛行機モデラー(59歳)「あのぅ・・・ここ、垂直尾翼と水平尾翼の取り付け位置がわかりにくいんですが」
 インスト娘「お前みたいな豚野郎に説明してるヒマはないんだよ!! ちゃんと読んでから質問しろよ!!」
 飛行機モデラー(59歳)「す、すみません・・・」

 叱られながらも、インストとパーツを見比べているうちに、水平尾翼上についてる小さなパーツと、垂直尾翼の後部が連結するということを発見し、うれしくなる。そうか、インストっ娘は、そう言いたかったんだな・・・・って、インストならちゃんと説明してくれよなぁ。

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 箱絵を見ると、放電策がついているようなので、作った。この写真は一体何なのか意味不明ですが(汗)、水平尾翼の翼端です、ほかには垂直尾翼と主翼端に一個ずつ。計10本のように見える。

 この部分は、穴を開けて差し込んだけど、垂直尾翼と主翼端はとても薄いので、切り欠いて埋め込むことにする。あ、あとで切りそろえるつもりだから、少し長いんですよ。

 こういう作業のほうが楽しいな。

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 もうだいたい飛行機らしくなってきた。

 大きいなあ。これで72だもん。ただ、平べったくて何かこう、物足りない。寂しすぎる。これが現用機というものか。
 機首部分は最後にもう一度だけパテを盛った。これで最後にする。

 ポリパテがいいよというメールをくれた人もいた。
 これくらいの段差の場合は、誰でもパテでやるってことなんですね。私はレドームを削ろうかと一瞬思ったんですが(そのほうが早い気がした)、レドーム削ったらカタチが変わってしまうかな?

 段差段差と書いてきたけど、いいところも書かないとね。
 いいところを見つけるのは得意なつもり。なるたけ、いいところだけ見て付き合いたい。
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