つれづれプラモ製作記

自称飛行機モデラー・きららのプラモ製作とプラモの活動記録

プラモの幸福



 先月号のスケールアヴィエーション(SA)七月号「勝人がゆく」を読んでいると、どこかの校長先生が「プラモデルは誰が作っても同じものしかできないから作らなくてよい、と親に言われて育ったが、確かにそうなので作らずによかった」ということを新聞に投書していたという話があった。
 竹縄さんも長谷川専務も、この校長の考え方にびっくりしたようで、プラモデルはそういう認識しかされていないのか・・・ということを思ったという風に書いてあった。

 確かにそうだけど、何かこの話には引っかかるものがある。

 プラモデルに限らず偏見を持たれているものって結構あるんじゃないだろうか。
 実際に接してみたことのない人が、勝手に「そんなものくだらない」と思ってることって結構あるんじゃないだろうか。

 この話はまず教育者である人の発言という点で問題を感じてしまうのだろう。
 魚屋のオッサンが言っても「石頭オヤジの妄言」で片づけられるけど、教育者となると違う。
 その校長先生は、個性を伸ばすことが教育なのだと思っているのかもしれない。
 確かに「プラモデル」という言葉は「安易に作れるもの」の比喩として使われることがある。そして「誰が作っても」ある程度のレベルで完成できることが製品として大事な要素だろう。
 とりあえず切り離して接着すれば、そのものの形にはなる。そういうものだ。

 私は子供のころ、「マンガはくだらない、よくないもの」という偏見を持った両親に育てられた。
 マンガ雑誌を自分で買うことは禁じられていたので、とても読みたかった。
 それでも友達の家で読んだ「ベルばら」に夢中になり、いとこのお兄ちゃんの家で読んだ「ブラックジャック」にハマった。
 親に隠れてドキドキしながら漫画を買いに行ったのは私にとっては懐かしい思い出。

 個性を伸ばす、つまりさまざまな可能性を伸ばすには、いろんな経験が必要だと思う。
 そしていろんな経験というのは、必ずしも聖人君子が行うようなことばかりではない。
 しばしば、悪いことやエッチなこととスレスレというか、正直言って悪いこともいい経験になってるのがあるし(←悪いことやりすぎの人)。

 その校長先生の発言に違和感を覚えたのは、「子供の頃にプラモを作ったことがない」ということよりは、「作らなくてよかった」という感想だったと思う。
 作らないまま大人になってよかった、というのは実に失礼な話で、言った本人は気が付いていないのだろうけど、模型世界に対する全否定なのである。
 その人の心にいったい何があったのだろう、とすら思う。
 何か歪んだものを感じる。

 他人と同じじゃないと落ち着かない、とか、無個性で自分の意見が言えない、とかいうのは、プラモを作ったせいでそうなるようなもんじゃない。
 他人と同じものが(もちろん表面的には、ですが)自分の手で作れるというのはものすごく素晴らしいことなのだ。木を削ったりして難しいことをしなくても、とりあえず完成できるなんて、素晴らしいことだよね。

 クラシックピアノだって、楽譜が読めれば「エリーゼのために」は“誰にでも同じように”弾ける。
 ただし、出来上がった作品が一人一人違うのは見りゃわかるし、「エリーゼのために」だって弾く人によって全く違う曲に聴こえたりする。
 画一的になるかどうかは、結局作る人の問題なんだね・・・

 きっとその校長先生は、プラモデルを作ってみたかったんだろうな。
 買ってほしくてたまらなかったんだろうな。

 今からでも遅くはないのに。今からでも・・・いつでも模型は待っている。

※写真は、2003年の「天領プラモデル大会」にて、タミヤ1/35 二号戦車の競演。上段左・すんちゃんさん、右・たっぴんさん
下段左・あべさん、右は拙作。

いよいよ組み立てる

 ボイジャーもいよいよ大詰め。いろいろな装置を組み立てたので、いよいよそれらを本体に装着するときが来た!!
 あと少しで完成だ!!

 そう思うとドキドキして、ちょっと手が震えたりする。
 基本的に合いはいいので、インスト通りに作れば問題ないのだが、一つの穴に二つの部品を差し込む(いや~ん)という部分があり、しかも適当にぐいぐい押しこんでいたら・・・

 やっぱり折れました(汗
 これくらい細い部品がたくさんあると、どこか一か所くらい折れるよね。まぁ仕方ない。
 普段飛行機モデルで、山あり谷ありのモデリングをしていると、ちょっとやそっとでは凹まなくなってるのがありがたい。

 それよりさー、パーティングラインが消えてないんじゃない?
 ちょっとさー、整形手抜きやん・・・・

 というのが、写真ではよくわかるなあ。
 こういうところを手抜きしなければ、よりよい仕上がりになるわけですね。でも暑いから手抜き。

 色んなものがくっついてるカタチなので、持つところがないというか、どこに置けばいいかもわからない。

 あわてず、ひとつひとつ装置を接着していくことにする。
 これ以上壊したくないもんね。

 でも、金色の部分がアクセントになっていて、なかなかかっちょいい~
 全体が黒というのはシックでいいね~
 なかなかお洒落な観測器械です。

 で、毎日暑い日が続いて脳細胞の動きが普段の30%くらいに抑えられているが、そんな中でふと昨日、すごいことに気がついた!!

 もしかして、黒いランナーを伸ばしたら、「黒い伸ばしランナー」になるのではないだろうか!?

 おおっ、そうだ、そうなのだ。

 慌ててゴミ箱からランナーA,Bを拾い上げ、伸ばしてみたら・・・
 当然、黒い伸ばしランナーができた!!

 うぅぅぅ、なんで今まで気が付かなかったんだろう。
 ブレーキパイプなんかにするとき、グレーのランナーを伸ばして黒で塗装していた。なんとアホらしい作業。

 これからはこれを使えばいいのだ。
 貴重なランナーだなあ。大事に使わねば。

 そういえば、ランナーってたいていグレーだけど、なんで黒にしてくれないのだろう。
 どうせサーフェイサーや下地を吹くから、黒でもいいんだけどねぇ。

 みなさんは気が付いていましたか?
 私だけかなあ、気が付いてなかったのは・・・でも自分で気が付いた、というところがすごい。
 いつも誰かに教えてもらうばかりなので、自分で発見したのって、すっごくうれしいよ~

装置

 細かいパーツが多く、一部銀色で塗り分けないといけないので、しばらくこんな状態が続く。

 組み立ててから塗分けるのでも、できなくはないかな・・・と思う。

 実は、盆で実家に帰ってる間も早くボイジャーを組み立てたくてたまらなかった。
 で、昨日は完全な休日だったので、午後ずっとエアコンの効いた部屋で作業していたら膝が痛くなってきて・・・そもそも毎晩、窓全開で寝ていたら少し痛いなとは思ってたんだけど・・・歳ですね。やれやれ。
 運動不足もあるかも。どうにかしなくちゃ。

 組み立て図どおりに順番に注意しながら(インスト通りにしないとうまくいかないところがある)小さなパーツを組み合わせると、さまざまな観測装置が姿を現す。
 おおっ、何だかわかんないけど格好いいやん。カタチになってくるとうれしい。

 しかし、元々字は下手だったけど、最近字を書かないのでいよいよ下手くそになってきてるな・・・。

 これらの観測機器が原子力電池で飛んでいるんだね。
 何となく心もとないなあ、よくこんなんで宇宙の彼方まで飛んで行けるよね。

 「はやぶさ」は本体が金色だったけど、これは黒。何か意味があるんだろうか、たぶんあるのだろう。

 

お盆休み(「スケールアヴィエーション」9月号)

 読者諸兄はどんな盆をお過ごしでしたか。
 私は初盆参りに行き、その帰りに高校時代の友人に久しぶりに会った。
 十数年ぶりという人もいて懐かしかった。

 えっ、盆も仕事? ご愁傷様・・・

 で、最近の自分はこんなことやってるよ~ということを説明するために、ちょうど出たばかりの「スケールアヴィエーション」最新号を持っていった。
 雑誌を一目見て
 「結構きれいな雑誌やん、すごい~」

 ページをめくると、いきなりグラビアのおねぇちゃんが・・・
 友人「何これ、なんで模型の雑誌なのにグラビア?」
 きらら「えっ、それはその・・・読者はほとんど男の人だから・・・ね(汗)」
 なんで私がしどろもどろになって弁解せにゃならんのだ、と思いながらも
 今月号のはそんなに露出度高くなくってよかった、と胸をなでおろす。

 友人がかわるがわる私のコラムを読むのがめちゃくちゃ恥ずかしかった。
 模型やってる人ならいいけど、やってない人の目にはどう映るのだろう。
 「一体いつ打ちきりになるかビクビクだけど、とりあえず五年間も続いてるんよ~すごいやろ~」とちょっぴり自慢。
 
 「それにね~ほら見て、この人ハセガワっていう模型メーカーの専務なんだけど、お知り合いになっちゃったんだよ~めっちゃ素敵な人なのよ~ふふふ」
 「え~すご~い。年いくつなの? どこに住んでるの?」
 「53。静岡だよ」
 「てことは34年生まれか~静岡って遠いやん」
 「うん。一年に一回くらいしか会えないけどさ~」

 こういうのをガールズトークと言うんでしょうか。
 いい歳して、話の内容は高校生だね。
 「なんかうちの兄がきららさんのブログとか見てるらしいんよ、一体どうやって探したんかわからんけど」
 「ぎょっ!! いやいや(汗)・・・きっと子供のころプラモ作った世代だね~それは是非プラモ作ってみてって言っといてね」

 それにしても、私も以前は他人にこの趣味をなるべく隠していたんだけど、最近はちょっとでもプラモデルのことを人に知ってもらいたくて(暗いオタクの趣味とか思われるのは癪なので)カミングアウトすることにしている。
 だってさー、それで一人でもプラモを作ってみようかと思う人がいないとも限らない。

 そうしてプラモ作る人が増えれば・・・メーカーが新製品を出してくれるというわけです。
 私の壮大な野望(汗

 皆様方も、同窓会などに行かれたときは、ぜひプラモを宣伝してきてください。勇気を出して。

機械仕掛けの神(原題/The God Machine)

 「機械仕掛けの神(ヘリコプター全史)」(ジェイムズ・R・チャイルズ著/早川書房)をようやく読み終わった。

 「機械仕掛けの神」(ギリシア語で“メカネ”)って何のことかというと、古代ギリシアの劇場で使われた、今でいうクレーンのような装置のことで、これが英語のマシン(Machine)の語源だと言う。
 著者は、「救いの手」「最後の手段」という意味合いにとっているが、確かにマシンといえば、カーレースに使うクルマや、コンピュータのこともマシンと言うね。「とても大事なもの」という意味が込められているだろうか。
 危険な現場に乗り込んで行って仕事をこなす、そういう乗り物としてのヘリコプターに対する、最大の賛辞だ。
 著者の想いをそこに端的に読み取れると思う。

 軍事に明るい翻訳者らしく、翻訳は正確ではないかと思う(私の知識では間違った部分は発見できなかった)。
 ただ、とにかくものすごい量のエピソードを詰め込んでいるので、読むのが大変。
 特に半分くらいまで・・・古代からベトナム戦争前夜までのヘリコプターの歴史・・・固定翼機に比較して、大変な難産となったヘリの歴史を読むのがかなり大変だった(とにかく知らないことばかりで面白いことは面白いんだけどね)

 逆に、ベトナム戦争から現代にいたる後半部分は、一気に読んだ。
 あの伝説・・・狭い降着地点に“ローターで枝を切り裂きながら着陸したヒューイ”とかいう、ベトナムでの伝説的なヘリの活躍や、緊急医療輸送のパイロットは計器盤など見ないで(というか見ているヒマがないらしい)操縦できるとか、湾岸戦争やソマリアでの危険きわまりない救出作戦の話・・・、ヘリがそんなに好きな人でなくてもわくわくするような話が満載である。

 「ヘリはどうして飛ぶのか? それは揚力を発生するからでも燃料を使うからでもない・・・金の力で飛ぶのさ」

 かつてヘリは、未来の個人的な移動手段になるのではないかという夢があった(らしい)。 
 しかし実際にはヘリを飛ばすのは大変な金がかかる(個人が所有するとして)、そしてもちろん、騒音の問題。
  
 また、速度の限界や航続距離の問題もある。
 そして操縦は、「主婦でも簡単にできる」とは到底言い難い。

 それでも・・・やっぱりヘリは魅力的な乗り物であって、好きで好きでたまらない人もいる。
 そんな人のためにこの本は書かれたのだと思う。

 ちなみに、ヘリはどうして飛ぶか?
 ということはこの本にも説明があります。私はいくら読んでも「何となくわかるような気がする」という程度ですが、普通の人なら理解できると思う。

 回転翼機に興味を持って、人の勧めでこの本を手にしたんだけど、ますます回転翼機が面白くなってきてしまった。
 まだまだ面白い本を探してみよう。
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